東京の飯はまずいのか、みたいな言説がXでちょっと話題になっていたりします。まあ、観測範囲の問題で、全然そんなの知らなかったという人もいるかもしれませんが、うちのタイムラインではそこそこ話題になっているという感じですね。
おおもとは名古屋の飯の話のようなんですが、いったんそれは置いておきまして。
この問題に関しては非常にややこしいので、一言で説明するのはどんな人にもできないし、視点がたくさんあると思っています。
そこで、調味料を長年追いかけている人の立場の視点から、「東京の味」について少し解説させていただこうかと。
もちろんこれがすべての面で真実というわけではないのですが、ある面では正しいとも思っているので、お時間のあるときに読んでもらえたらと思います。
- 生まれ育った味が一番である
- おいしさの種類やベクトルはひとつではない
- 東京で覇権を握る調味料は優等生タイプが多い
- 地方の調味料はとがったものになりやすい
- 高レベルの優等生タイプにはコストがかかる
- まとめ
生まれ育った味が一番である
最初に身も蓋もないことを言いますと、ほとんどの方にとって、一番おいしいと思う味は「生まれ育った味」です。これはもう大前提として、頭に入れておかなければなりません。
他の地域の人にとってはよくわからない味でも、その地元の人達にとっては「これじゃなきゃダメだ」というレベルで慣れ親しんだ味というのは往々にしてあるのです。
また、生まれ育った味と近いけれども違う味に関しては、違和感が出てしまうため苦手になるということもあります。
たとえば自分の経験でいうと、とあるテレビ番組で芸能人に振る舞うたまごかけご飯の醤油をセレクトして欲しいという依頼がありました。その際にマネージャーさんに言われたのが、その芸能人は東北出身なので、甘めの醤油が苦手である、と。つまり、たまごかけご飯専用醤油のほとんどは、だしと甘さを加えていることが多く、何回か食べたけれども苦手だったので、それらは避けてくれないかと言われたのです。
もちろんそれは了承して、甘さをあまり感じないタイプで、できるだけおいしく味わっていただこうと、使われるたまごとご飯とのバランスを考慮して醤油をセレクトいたしました。
でもこれはあくまで、その方がだし醤油系が苦手だった、そしてそれはだし醤油をあまり使わない地域出身だったため、なじみがない味だったからです。だし醤油系のたまごかけご飯専用醤油をとてもおいしいと思う人も多いでしょう。もちろん、そのおいしいと思うことについてはまったくもって問題ありません。
おいしさの種類やベクトルはひとつではない
もうひとつ、念頭に入れておきたいのは、おいしさにはさまざまな種類があるということです。
甘い、辛い、うま味がある等、人によって重視する味わいは違いますよね。したがって同じ味でも「辛くておいしい」だったり「辛くておいしくない」だったりすることがあるわけです。
東京で覇権を握る調味料は優等生タイプが多い
以上のことを頭に入れた上で、東京で覇権を握っている調味料について見てみましょう。
東京には、あらゆる地方から人が集まってきます。ということは、東京でたくさん売れるためには、すべての地方の人達を満足させる、そんな味が求められるのですね。
でもそれは相当に難しい話です。
だとすると、どうするのがいいか。あらゆる味わいを高水準に持って行き、不快に思うところをなくすのが良い、ということになるのです。つまり、味わいのさまざまなパラメーターが、100点満点中90点以上をとっているようなものが覇権を握りやすいということになるのですね。
- 醤油でいうとキッコーマンの濃口醤油
- ポン酢醤油でいうとミツカンの味ぽん
- ソースでいうとブルドッグソース
- ケチャップでいうとカゴメトマトケチャップ
これらはすべて、東京のスーパーの棚の中で大きな地位を占めていますし、実際にめちゃめちゃ売れています。これらの調味料を、まずいと思う人はそうそうはいないでしょう。なぜなら、すべての味わいのパラメーターが高水準で、不快に思うところはほとんどなく、そのジャンルのお手本のような味わい(正確には、これらがヒットしてお手本となったという方が良いかも)だからです。
そしてだからこそ、全国展開しても売れるのです。
ただ、地方の中ではこれらの全国区の調味料よりも、その地方で突出して売れている調味料があるのです。
地方の調味料はとがったものになりやすい
では、地方のものはどうなのでしょうか。
すべてのパラメーターが90点以上というよりは、その地域の食文化や風土に合わせた味わいになりやすいのです。そうなると、あるパラメーターは70点ぐらいになってしまうけれども、別のパラメーターは120点ぐらいになってしまう、みたいなものも少なくありません。
これが刺さる人には強烈に刺さるのですね。
そう、「これじゃなきゃダメだ」というのはこういう味から出てくるのです。
わかりやすい例は、九州の甘い醤油でしょうか。関東の濃口醤油はすべてのパラメーターがバランス良く高い、大変にすばらしいものです。でも、九州は食文化的に、甘い醤油が好まれます。いわば、甘さが120点のタイプが好まれています。
そして普段は関東の醤油で生活している人の中でも、九州の食事に合わせて甘い醤油を味わったときに、めちゃめちゃおいしい! と強烈にハマる人がいるのですね。一方で、甘すぎて口に合わなかった、という人もいるわけです。
逆に、普段は九州の醤油で生活している人が、東京で食事をしたとしましょう。刺身に出てくる醤油がいわゆる普通の濃口醤油で、甘さが足りなかったとします。すると、その人にとっては「(甘さが)物足りない味」になるというわけですね。
物足りない味というのは、満たされていないということで、満足感が少ない → まずい、という言葉につながりやすいのです。
地方の少しとがったパラメーターの味わいに慣れた人が、すべてにおいて優等生タイプの味を味わったときに、まずいと言ってしまうことがあるのはこれが原因ではないでしょうか。つまり、普段はAが120点でBが70点みたいなパラメーターの味に慣れ親しんでいるときに、AもBも90点の味を味わうと、物足りなさを感じてまずいと言ってしまうというわけです。
また、このパラメーターが欠けていたり、突出しすぎたりしていると、それは人によっては嫌な味わい(便宜上、以後は嫌味と呼びます)に感じられることになります。
前述の例でいうと、Aが120点なのは、Aの味がそこまで好きじゃない人にとってはくどい味と思われても仕方ありません。これも、嫌味につながるというわけですね。
すべての人に受け入れられるためには、嫌味ができるだけないものがとても重要になるのです。
これは調味料以外でもあります。数年前に日本酒では「獺祭」のブームがありました。獺祭は、まさに超優等生タイプというか、多くの人が嫌と感じる部分がなく、すべてのパラメーターにおいて非常にレベルの高いお酒です。ただ、その分突出したところがあまりありません。
そのため、突出したパラメーターのお酒にハマった人達からは、物足りないと言われることがあるのです。ありました。
あれこれたくさん飲んで自分に強烈に刺さる日本酒を知っている人達からは獺祭はそれほどおいしくないという言説が出て、普段あまり日本酒を飲まない人達が獺祭ってめちゃめちゃおいしいと絶賛するのは、まさに嫌味がないすべてのパラメーターが高水準なお酒だったからなのですね。
高レベルの優等生タイプにはコストがかかる
ここでひとつ忘れてはならないのが、高レベルの優等生タイプにはお金がかかる、ということです。
すべてのパラメーターが高水準で、嫌味なところがまったくないということは、材料も吟味しなければならないし、手間暇も相当かかるということに他なりません。たとえば鮮度が少し悪くて、嫌味な香りがする材料を使ったら、台無しになってしまうのです。
すべての人に受け入れられるような調味料の味わいは、基本的には大手から登場しています。もちろん、嫌味のないすぐれた味わいを生み出して多くの人に受け入れられたから大手になったとも言えるのですが、これを大規模で維持するのは並大抵のことではないのです。
ご飯を食べるところでいうと、全国チェーン店が、全国で高水準の味を保っているのも、それだけのパワーがあるからに他なりません。
まとめ
以上のことを踏まえると、なんとなく見えてくるのではないでしょうか。
東京はあまりにも人が多く多種多様なため、すべてにおいて高水準であり、嫌味がないものが求められる傾向があります。それは調味料から見て取れます。
ただし、そういった味にはしっかりとコストがかかるのです。
ご飯屋さんでのコストでいうと、最近は物流コストも上昇し、もちろん地代家賃も上昇しまくっています。昔よりもいいものを手に入れるコストは上昇しているのです。そしてそれは、東京のような一大消費地ではより顕著なのではないでしょうか。
そうなると、なかなかすべての面で高水準のバランス良い嫌味が少ない味を出せる個人店は少なく、あっても高価になりがちで、そういう味は資本のある全国チェーン店の方が味わえるということになるのです。Xであれこれ言われている中で、東京ではチェーン店に行け、みたいなことを言っている人がいたのも、まさにこのためなんじゃないかと思います。
中には個人店でかなりのコストをかけてこの高水準のバランスの高さを実現しているお店もありますし、特定の人に刺さるようにしているお店ももちろんあります。お金をたくさん払えば東京ではおいしいものが青天井で食べられるというのは、こういうことではないでしょうか。
もちろん、コスト的にはかなりお店側が負担をしていて、それでもお客様にいいものをできるだけ安く食べてもらいたいというお店も少なくありません。そういうお店を探すのもまた楽しいですよね。
そして地方の味わいについては、すべてのレベルで高水準というよりは、特化型が多く、地元の人達はそれが好きなのはもちろん、他の地域から来た人でもハマることがあります。思わぬ味にハマることがあるかもしれませんので、みんないろんな味を試していきましょう!














