醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

3月9日(土)放送のTBS系『熱狂マニアさん』に出演します

TBS系列で全国放送されている「熱狂マニアさん!」という番組に出演します。

www.tbs.co.jp

放送日は2024年3月9日(土)19:00〜です。TVerでも見られるはず!

関東の方は、その前の18:54?ぐらいから、ちょっとした番組があるみたい(これはTVerでは放送されないようです)です。こちらも収録をしたので、自分が出ているかはわからないんですが、見ていただけたと!

X(旧Twitter)に予告の映像が!

予告動画の8秒ぐらいから、ギャル曽根さんの後ろに変な醤油Tシャツを着た人が映っていますね。はい、わたくしです!

ちなみにですね。恐ろしいことに、本名である「杉村」で出演するのではなく、名札は「むむ先生」となっております。いやなんか、ノリでそうなってしまいました。

今回のテーマは『久世福商店』さん。

https://kuzefuku.com/

ご存じない方にわかりやすく言うと……和食の食材を中心に扱うセレクトショップといいますか。カルディの和食版、という表現が一番わかりやすいかもしれません。

ここの商品、本当においしいんですよ!

それで、久世福商店を愛用している人で、「調味料マニア」として出演することになりました。

いやー、本当に撮影は大変でした。

まず、京都にあるうちに撮影班が本当に来て、我が家の調味料コレクションを撮影しております。以下、撮影前のちょっとしたお話。引用の枠で囲んじゃいますが。

「なるほど。むむ先生のおうちには調味料がたくさんあるんですね。それを撮影させていただけますでしょうか」

「いやー、いいっちゃいいんですけれども、全盛期に比べるといまはちょっと少なくなっていまして」

「ほほう、なるほど。では、どうでしょうか。うちがお金を出しますので、調味料を買い足して全盛期に近づけてもらうことは可能ですか?」

「(あのお高い調味料もそのお高めの調味料も買い放題だやったー!)えっ、そうなんですか。わかりました。ではいったん現状を写真に撮って送りますので、どのぐらい買ってもいいか教えていただけますでしょうか?」

・・・(パシャ)

「あーっと、えっ、これ、今の写真ですよね……?」

「はい! いま撮りました!」

「あーー……その、予想をはるかに超える数なので、買い足していただかなくて大丈夫です。これを撮らせてください」

えっ……?

我が家の醤油&調味料コレクションが全国放送に!

まあ、そんな感じなので、ちょっとした変人枠? として出ます。

そのあと何回か東京へ行って収録をしてきました。2月はそんな感じで東京に頻繁に行ったりしていたのです。

料理も最近全然していないんですが、料理をしたりするところも映されていたりして。予告編のところがそうです。ブンブンチョッパー使わせて! という悲鳴は映っているのかなあ。映っていなさそうな予感もします。

出演される他のマニアの方も、負けず劣らず濃い方達ばかりなんで、きっと面白い番組になっているかと!

いやもう、司会のウエンツ瑛士さんと、東京03の飯塚さんがすごかったです。テンポ良く、的確なツッコミを入れつつ、芸能人の方達だけじゃなくて我々もフォローしてくださるという。

あと、芸人さん達が本当に面白くて、スタジオでもめちゃめちゃ笑い転げていました。

番組を見た方への宣伝コーナー

以下は、番組を見て興味を持ってくださった方へ向けての宣伝です。

番組でたぶん紹介されていた調味料の本は、こんな感じの本です! 残念ながら今回は久世福商店さんの調味料は登場していないのですが。

記事内にサンプルページもあれば通販リンクもあります。手元にはもう無くて、通販在庫しかありませんので興味をお持ちの方はお早めにどうぞ!

shouyutechou.hatenablog.com

あとは、「食」にまつわる超おもしろい(自分で言っちゃう)本もあります。こちらは新書サイズで200P弱ありますので、読み応えたっぷりですよ!

shouyutechou.hatenablog.com

 

shouyutechou.hatenablog.com

 

COMITIA147おしながき

2月25日(日)に行われる、COMITIA147のおしながきです!

新刊はこちら!

「いけず石観察手帖3」!!

shouyutechou.hatenablog.com

京都の路地なんかにある、いけず石。そのいけず石についてああでもないこうでもないと書き連ねた本です。

あれです。

「よくわからない人がよくわからないものに情熱を注いでいる本」こそが同人誌の真髄であると思っている方には、かなり刺さる本なのではないかと!

まあ、そういう本です。

そして、既刊として、冬コミに持って行った『醤油手帖 最近ハマった調味料2023』も持って行きます。

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調味料についてあれこれを書き綴った、こちらもまたそんなに情熱を燃やすジャンルだったっけ? というジャンルに情熱を燃やした本です。

さらに、たぶん、『印度映画手帖2023』も持って行ける……かな……?

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こちらはインド映画について情熱を燃やした本です。

疑問形になっているのは、実際に持って行けるかまだギリギリまでわからないから!

そしてそして。

同じくインド映画で、昨年の夏コミのときに頒布した『印度映画手帖 RRR編』も持って行きます。

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持って行くと言いながら、あれです。ほんの数冊です。

もう手元にはほとんどないんですが、デザインをしてくれた地獄のデストロイ子さんのところに数冊あるのでそれを当日の朝に持ってきてもらう、というものなので、この本を目当てに来ていただいても、無いかもしれません。ご了承ください。

どうしても手に入れたいという方は、前日に手に入れるチャンスがあるとかないとか、そういう感じのあいまいなヒントっぽいものでピンと来た方が何とかしていただけたらと。

そしてそしてそして。

新書の超面白いシリーズも持っていきますヨ!

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臆面も無く自分で超面白いと言っちゃいますが、面白いです。自分でも読み返しちゃうぐらいなんで、間違いない!

表紙はなんと寺沢大介先生! 『わるいはうまい』ミスター味っ子味皇様、『毒を喰らわば』喰いタンの高野さんを描いていただきました。

毒を喰らわばはこちらから立ち読みもできます。

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というわけで、非常に盛りだくさん!

今回のスペースは「東3ホール つ08a」です。お隣は、寺沢大介先生のサークル「寺沢企画」です!!

そう。

寺沢先生のところの新刊が味皇、寿司を喰らう!』なので、じゃあもうこれは味皇様祭りをするしかないよね! というわけで、『わるいはうまい』を持って行くのです。

間に合えば、明日にでも『わるいはうまい』の一章分立ち読みページを作成します。

というわけで、ぜひ、寺沢先生のところに寄られた後には、うちのサークルにもお立ち寄りください。

当日、みなさまとお会いできることを楽しみにしております!

 

COMITIA147で『いけず石観察手帖3』を頒布します

石を見続けた本の第三弾が出ます!

全国数千万人のいけず石ファンの皆様、大変お待たせいたしました。ほぼ5年ぶりに『いけず石観察手帖』の続編を、COMITIA147で頒布いたします。

もちろん、「いけず石……? 何それ……?」と思う方もいらっしゃるでしょう。

いけず石とは、京都のような古い街並みの曲がり角に突如として現れる石のことです。自動車を運転している人にとっては、なんでこんなところに石が! と悲鳴を上げながらぶつかってしまう、そんな石です。

そんな「いけず」をするような位置に置いてあるので、いけず石というわけですね。

この石が本当に趣深くて、日夜京都の街を歩き回りながら目に付いたいけず石をチェックするという趣味を持っているのです。そして、それを本にまとめたのが『いけず石観察手帖』というシリーズですね。

過去の宣伝ツイートはこんな感じ。

何が何やらという方も多いと思いますので、サンプルを見てみましょう!

たとえば京都の街にはこんなにもカラフルな石があるんです!

どうですか。

これは表紙にも採用した、通称(勝手にわたくしが名づけました)『パラソル石』です。これが、歩いているとどどーん! とあるんですよ。

ただいま絶賛放映中の大河ドラマ『光る君へ』の舞台であるので、そのときの時代から京都を守り続けている石だってあります!

これ、藤原道長の六男である、藤原長家の邸宅の礎石だという伝承があるんですよ。本当に。

こんな感じに曲がり角に置かれていると、車がうまく曲がれなかったときにぶつかるのは家や塀よりも先に、この石になります。

つまり、これは家や塀を防御するためのものなんですね。

それでいて、ドライバーにとっても、実際に家や塀を傷つけてしまったら大損害になるところが、石だったら(石の分の)弁償はしなくて済むのです。

いわば、不要なもめ事にならないようにあらかじめ設置をしておく、京都の知恵というわけですね。

たとえばこんな京都だったら誰もが知るあの光景にもいけず石はあります。本当にあるんですよ! こんなところで事故を起こしたら、弁償しなければならない金額は相当になりますよね。でも、石だったら石だけで済ませられるのです。

ちなみに、京都以外にも石の文化はあります。

これは香川県のとある醤油蔵で見つけた石ですね。

と、こんな感じにいろんな石を見ては、写真を撮り、そこにとんちきな文章をつけた本です。

面白そうでしょう。面白いんですよ!

理解者は少ないかもしれませんが、わたくしはとてもとても満足しております!

ちなみに、昨年いけず石について新聞に意見を求められたりしているので、日本で唯一のいけず石専門家による本と言っても差し支えないかもしれません。差し支えるかもしれません。

www.kyoto-np.co.jp

そんなわけで、こういう石の写真もトンチキな文章もいっぱいの『いけず石観察手帖3』。表紙は『白熱日本酒教室』でもおなじみのアザミユウコさんです!

『いけず石観察手帖3』はフルカラーA5版24Pで、頒布価格600円の予定です。

予定……というのは、まだ当日までに届くかわからないから!

イベント会場に直送するスケジュールでは間に合わなかったため、印刷所からうちに直送してもらい、それを受け取って即上京してイベントへ、という無茶な感じにしているので、少しでも歯車がズレたら頒布できないというドキドキな展開なんです。はい。もし会場に置かれていなかったら察してください。

というわけで。

もし届きましたら

2月25日(日)COMITIA147 東3ホール つ08a『醤油をこぼすと染みになる』

にて、フルカラーA5版24P600円で頒布いたします。よろしくお願いいたします。

通販はこれから申請します〜

「日本酒「純米酒」「吟醸」の違い、正確に言えますか?」の人は日本酒の違いを勉強した方がいい

前回の記事も、またまた思っていた以上の皆様に読んでいただけたようです。ありがとうございます!

shouyutechou.hatenablog.com

 

というわけで、第三回です。今回もあれです。

今回はなんというか、ツッコミどころが……という次元じゃない、のかな。うーん。

toyokeizai.net


日本酒「純米酒」「吟醸」の違い、正確に言えますか? という人が言えていない問題

前々記事「日本酒『"添加物"で伝統的造り方が減少』は問題か」で「高級酒ブームが来ている」と述べましたが、大変失礼ながら、この2つについて知らないままに「高級酒ならおいしい」と思って飲んでいる人もいるようです。

記事を読んだ感想が、大変失礼ながら、純米酒吟醸の違いについて正確に知らないままに「伝統的なお酒ならおいしい」と思って飲んでいらっしゃいませんか、でした……

2ページ目のツッコミどころ

日本酒で一定の条件を満たしたものは「特定名称酒」と呼ばれ、法律(酒類業組合法)によって8種類に分類されています。 

酒類業組合法……?

すみません。ちょっと法律の専門家ではないので、「この法律によって分類されている」という表現があっているのかはわからないのですが、とりあえず酒類業組合法(酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律)はこれですよね。

酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律 | e-Gov法令検索

ここには具体的な数値とかは載っていないんですよ。

そしてたぶんなんですが、これを見たのじゃないかなあとも。

www.nta.go.jp

清酒の製法品質表示基準」です。確かに「特定名称の清酒の表示」について載っていますね。

冒頭にこうあります。()はこちらでフォントを小さくしています。

酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(昭和28年法律第7号、以下「法」という。)第86条の6第1項の規定に基づき、清酒の製法品質に関する表示の基準を次のように定め、平成2年4月1日以後に酒類の製造場酒税法(昭和28年法律第6号)第28条第6項又は第28条の3第4項の規定により酒類の製造免許を受けた製造場とみなされた場所を含む。)から移出し、若しくは保税地域から引き取る清酒酒税法第28条第1項、第28条の3第1項又は第29条第1項の規定の適用を受けるものを除く。)又は酒類の販売場から搬出する清酒に適用することとしたので、法第86条の6第2項の規定に基づき告示する。

清酒の品質に関する表示を定めたら、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」に載っている通り、すみやかに告示しますよ、ということが書いてあるんです。

酒類の表示の基準)
第八十六条の六 財務大臣は、前条に規定するもののほか、酒類の取引の円滑な運行及び消費者の利益に資するため酒類の表示の適正化を図る必要があると認めるときは、酒類の製法、品質その他の政令で定める事項の表示につき、酒類製造業者又は酒類販売業者が遵守すべき必要な基準を定めることができる。
2 財務大臣は、前項の規定により酒類の表示の基準を定めたときは、遅滞なく、これを告示しなければならない。

これを「酒類業組合法によって分類されている」と言うのは微妙にあっているような、そうでないようなという感じなんですが……法律に詳しい方、ご存じでしたら教えてください!

というわけで、記事のツッコミに戻ります。

これに対して「吟醸」とは米をどのぐらい削るか(精米するか)によって決まってきます。吟醸は60%以下、大吟醸は50%以下まで精米します。

ここは、ちょっと正確ではありません。

言葉が足りていないんです。そして、この後の記事を読む限りでは、その足りていない部分について理解していらっしゃらないような……

ここの解説は後述します。

米は外側部分にたんぱく質が多く、内側に糖質が多いので、しっかり削って中の方だけ使えば、その分糖分が多くなって甘みのある酒ができるのです。「吟醸大吟醸」は「醸造アルコール」を使ってもOKです。

ここもかなり微妙です。

しっかり削って中の方だけ使えば甘みのあるお酒ができるわけではありません。

甘さの感じ方はいろいろあり、一概にこうだからこう! とはなかなか言えません。それでも甘さを感じるためには糖分が不可欠です。そしてその糖分は、発酵の過程でアルコールに分解されるため、どれだけ発酵するかによって残る量が決まるのです。

著者自身も1回目(連載的には62回?)の2ページ目で

「酛」をタンクに入れ、米、麹、米を3回に分けて加えるのです(3段仕込み)。このとき、酵母が糖をアルコールに変えます(アルコール発酵)。

と書かれていますよね。酵母が糖をアルコールに変えるので、しっかり発酵すればするほど糖は少なくなり、アルコールが増えます。

なので、どのぐらい発酵させたか、すなわちどのぐらい糖を分解したのかというのがお酒の指標のひとつになるんです。そこで使われるのが「日本酒度」という数値です。できあがったお酒の比重を計測したもので、数値が大きいほど糖が分解されており(比重が軽い)、数値が小さいほど糖が残っている(比重が重い)というものです。

味わいを決める要素はこれだけではないのですが、糖がどれだけ残っているかを示すのに便利なのでラベルに日本酒度が記載されているお酒も多いです。糖が多ければ甘いお酒で、糖が少なければ甘くない(辛口)お酒という感じに、指標にされることもあります。

ようするに、精米をたくさんすれば甘くなる、というわけではないのです。

あ、どうでもいいんですが、加えるのは米、麹、米ではなくて、書かれているどちらかの米は水ですね。

要するに「純米酒」と「吟醸大吟醸」は分け方の違いによるものです。
純米=「醸造アルコール」を添加していない、米だけの酒
吟醸大吟醸=米の磨き方/米の精米レベルで決まる

ここが! 要すらないんですよ! ここで足りない部分があるので、このあとの話が全部アレな感じになっているんです。

「特別本醸造」や「特別純米酒」など「特別」が冠についた酒もありますが、この「特別」に基準があるわけではありません。メーカーごとに申請し、許可が下りれば使用できます。

この部分も、よくわかっていないから適当に流したと思われちゃうんです……
いや、本当にわかっていないんじゃという気がします。

というわけで、ここの部分を説明するには、全部最初から説明しなければなりません。ある程度ポイントを絞っていますが、それでも長いです。なので、もう少し詳しく知りたい、よくわからなかったという人は、本を読んだりしてください。

特定名称酒は8種類ある

まず、8種類あると言っているんですが、元の記事をどんなにくり返し読んでも7種類しか登場していません。ここも、本当はよくわかっていないんじゃ……と思うポイントです。

特定名称酒は以下の通りです。

特別本醸造酒はお気に入りがあるためか、頻繁に登場するんですが、「本醸造酒」が登場しないんですよね……「特別」が冠についたお酒があります、という表現はあるんですが、そこから本醸造酒のことを読み取れというのは無茶じゃないかなあとも思います。

醸造アルコールの有無で分けよう

ここはまあ、元の記事もそれほど間違えているわけではありません。特定名称酒8種類は、おおきく2つのグループに分けることができます。

原材料に醸造アルコールを使っているものと、使っていないものですね。
使っていないものには「純米」とつきます。

精米歩合で分けよう

元の記事中では「精米度」という言葉が何度も登場します。まあこれは、日本酒に携わっている人はあまり使わないんじゃないかなあ。100%、誰も使っていないと言うほどではないんですが。だいたいの場合は「精米歩合」と「精白度」という言葉を使います。ここがごっちゃになってしまっていて、「精米度」という言葉を使っているのではないでしょうか。

で、ここでカテゴライズができるのも、間違いではありません。
というわけでこの部分の話をしていきます。

まず、前提として、特定名称酒というのは「定められた基準を満たしている材料や製法で造られているお酒」です。前回もちょっとお話しましたね。「米だけの酒」の中には純米酒と名乗れないものがあり、それはお米や麹の割合が基準を満たしていないからだ、という話です。

というわけで、お米をどれだけ磨いたかによっても、グループ分けができるんです。具体的には、精米歩合70%がひとつの基準になります。玄米から70%ほどになるまで磨けば、これはもうすごいことだぞ、と。あ、ちなみに我々が普段食べている白米は精米歩合90%ほどです。

玄米(100%)から白米(90%)にするのと、90%から80%にするのだと、同じように10%分磨いているだけだから簡単に思われるかもしれません。でもこれが違うんです。お米を磨けば磨くほど、固い部分がなくなったりして、やわらかく、脆くなっていきます。これが砕けないように、少しずつ外側を磨いていくのはとても大変なんですね。

なので100%から90%よりも、90%から80%の方が大変な作業だし、時間がかかります。そして80%から70%にするのはもっと大変な作業だし、時間がかかるのです。

というわけで、精米歩合70%までいけば特定名称がつけられるということになりました。醸造アルコールを加えたものが本醸造酒、加えていないものは純米酒です。

(お酒に詳しい人はここでツッコミを入れたくなっていると思いますが後述しますので焦らないでください)

じゃあ、もっとお米を磨いてしまおう。具体的には、70%じゃなくて60%にしてしまおう。これはもうすごいことだぞと。こんなにすごいなら「特別」の名をつけてもいいんじゃないか。というわけでこうなりました。

(お酒に詳しい人は以下略)

そしてここでさらに、吟醸造りという特殊な製法が登場します。

ただでさえ精米歩合60%ですごいお酒に、吟醸造りという特別に吟味して醸造する手法を加えたら、もっとすごいお酒になるんじゃないだろうか。それはもう、特別本醸造酒特別純米酒とは別ものだ! というわけでこうなります。

じゃあもっともっとすごいことをしよう。精米歩合50%にして、吟醸造りまで加えちゃう。これはもう現在考えられる最高峰のお酒に違いない! というわけで大吟醸酒純米大吟醸酒の名前がつきます。

というわけで、ここまでをまとめるとこんな感じです。

実際にはこんな風に順番で決まったとかそういうわけじゃないんですが、覚え方とわかりやすさを重視して順番に書いていきました。

なお、これは条件を満たしていればいいので、たとえば精米歩合45%とか、23%とか、50%以下の場合でも大吟醸酒or純米大吟醸酒になります。ウルトラスーパー吟醸酒とかはありません。

そして、時代が変わったりして基準が見直されたりもろもろあったりして、純米酒精米歩合70%以下じゃなくてもいいようになりました。最初にこの基準を定めたときは精米歩合70%ぐらいまで磨かないと良いお酒にならないんじゃと思われていたのが、現在の醸造技術だと精米歩合80%だろうと90%だろうとおいしいお酒になることがわかったからですね。

そして特別本醸造酒特別純米酒「客観的事項をもって特別なことをしている」のであれば、申請して許可が下りればつけられます。たとえば、通常では考えられないぐらい長い時間をかけて醸しているんですよ、とかそういうのです。

その特別なことをしている部分が、精米歩合に関わっているものの場合は、精米歩合60%以下に限りますよ、という形になっております。


吟醸造りについて

吟醸造りは文字通り「吟味して醸造する」ことなんですが、具体的には「低温でゆっくり発酵させる」というものです。

温度が低いと酵母がなかなか働きにくいので、温度が高めのときに比べると、同量のアルコールを生み出すのに時間がかかってしまいます。あまりに寒いと、我々もコタツで動きたくなくなってしまうように、酵母も活動をあまりしなくなるんですね。

そのため、吟醸造りは通常よりも長期間発酵させます。著者の方は「昔ながらのじっくり発酵させた酒がうまい」とおっしゃっていますが、実は吟醸酒もかなりじっくり発酵させたお酒なんですよ。

ちなみになんで温度が低い必要があるのかといいますと、いろいろあるのですが、ひとつには「吟醸香(吟香とも)」と呼ばれるいい香りを生み出す、酵母が持っている酵素が、温度に弱いからです。

吟醸酒の最大の特徴は果物のようなフルーティーな香りなんですが、その香りを生み出す酵母は、低温のときにたくさん出してくれるのですね。

 

あとは吟醸大吟醸ですと、ゆるーくお酒を絞っています。もろみの発酵が終わったときに、ろ過をしてお酒と酒粕を分離するのですが、このときにゆるーくやるので、酒粕が多く出るし、その酒粕には絞りきれなかったお酒がたくさん含まれているんですね。その分、絞ったお酒は雑味の少ない、綺麗な味わいになっているんです。そういったところでも贅沢な造り方をしています。

味について

著者の方は「お米を研げば甘みが増す」としか言っていませんが、それもちょっと微妙な表現です。
お酒の味わいはひとつの要素だけでは語れないため、一概に言うのは大変難しいのですが、それでも一般的な表現をすると

精米歩合の数字が小さいほど、雑味の少ない綺麗な味わいになる」

と言えます。

本醸造酒よりも大吟醸酒の方が、綺麗ですっきりとした味わいになるのですね。

そして、なぜ著者の方がしきりに「甘みが増す」と言うのか。それはおそらく吟醸香にあります。フルーティーで華やかな香りの吟醸香。人は、味覚よりも嗅覚で味わうことが多いために、甘い果物のような香りを嗅ぎながら飲むと「甘い!」と思ってしまうのです。

よく、かき氷のシロップは実は全部同じ味で、香りが違うだけと言いますよね。

他にも嗅覚の影響が強い例としては、苺やブルーベリーを鼻を摘まんで食べると味がしない、というのがあげられます。風邪のときに鼻が詰まっていると味がしないというのもそうですね。

じゃあ、どういう基準でお酒を選べばいいかは後述します。

高級なお酒が高いわけ

というわけで、ここまでくると何となくわかってくることがあると思います。それは、「高級なお酒がなぜ高いか」です。

簡単に言うと、「原材料をたくさん使って長期間発酵させたお酒は高い」んです。当たり前ですよね。

たとえば、あるお酒を造るのに、精米したお米が1kg必要だったとしましょう。

精米歩合40%だと2.5kgの玄米を用意しなければなりません。一方で、精米歩合80%だと1.25kgの玄米があればいいのです。この時点で、原材料費が倍違いますよね。

そして、吟醸造りなどをして、発酵に時間がかかれば、当然設備費や人件費がかかります。それも「原価」に反映されるのですね。

前述の特定名称酒の中では大吟醸酒純米大吟醸酒がお高いのですが、これは「原材料」と「長期間発酵」のためです。

ちなみに生酛も時間がかかりますので、お値段が上がる傾向があります。


3ページ目のツッコミ

以上を踏まえて、3ページ目のツッコミどころなんですが。

実際に65%研いだものと75%研いだものでは酒の出来上がりがまったく違います。60%まで研ぐと、甘みは出ますが、酒の風味自体はなくなります。

精米歩合で味わいが変わるのはわかりますが、60%以下まで研ぐと甘みは出ますが酒の風味自体はなくなります、というわけではありません。

甘みが出るわけでもなく、風味が失われるわけでもないのです。

 

【「吟醸」の原材料例】
米、米麹、醸造アルコール精米歩合45%

これ、スペック的には大吟醸酒なんですよね。精米歩合が45%ですので。

実は特定名称酒は、「条件を満たしたら名乗っていい(ラベルに記載していい)」というものだったりします。

なので、大吟醸酒の条件を満たしているということは、同時に吟醸酒の条件も満たしています。利き酒をしてみると、世間で言われる大吟醸酒のイメージよりは、吟醸酒に近いお酒に仕上がった。じゃあ、このお酒はあえて「吟醸酒」というラベルで売り出そう。みたいなことができるのですね。

ただその説明がなく45%のお酒を例にあげて説明なしというのは微妙な気がします。いきなり例外を挙げないでくれ、と。

ちなみに最近では、超人気の蔵などで、「こういう大吟醸とか純米大吟醸という言葉におどらされて欲しくない」ということで、あえて特定名称を記載しないお酒も増えています。

どうやってお酒を選べばいいのか。

現在は醸造技術の発達によって、特定名称でお酒の味わいを比べるというのは結構難度が高くなってきています。なんかこう、「本当は吟醸酒なんだけれども、どう味わってもこの風味の良さと味のクリアさは大吟醸酒」みたいなお酒とか、たくさんあるんですね。

というわけで、特定名称で種類を比べながら飲むというのは、推奨しません。

後はこの組み合わせで、好みの酒を選べばいいのです。

とは、あくまで私の意見ではありますが、思わないのです。

じゃあ何をもって選べばいいのか。

いろいろなポイントがあるんですが、初心者がまず覚えた方がいいのは「生」って書いてあるかどうかだと考えています。おそらくここが一番味の違いがあるのではないかと。

日本酒は品質の維持や、雑菌を退治するために、発酵が終わった後に「火入れ」と呼ばれる加熱殺菌をします。ところが、醸造技術や冷蔵技術、輸送技術の発達によって、その加熱殺菌をしないでお酒が流通できるようになりました。

これが「生酒」です。

生酒は開封前も後も冷蔵保存が基本ですので、それがわかるように「生」と書かれていたりします。あ、第一回で言っていた「生酛」のことじゃないですよ。「生酒」とか「生原酒」と書かれているかどうかです。

書かれていないものは、すべて火入れを行っています。というのも、加熱殺菌をするのが当たり前なので、わざわざ書いていないのです。

生酒は、たとえるならば、牧場でしぼりたての牛乳を飲むようなものです。

書いていない、つまり火入れされたお酒は、牛乳パックで飲む牛乳のようなものです。パックには「加熱殺菌」と書かれていますよね。

なので、日本酒を飲むときは「生」と書かれているのかどうかを気にして、飲んでみて気に入ったのなら改めてお酒のラベルの他の情報を見てみる、というぐらいでいいと思います。そのお酒が「吟醸酒」だったら、じゃあ次は別の蔵の「生」で「吟醸酒」を飲んでみよう、という感じですね。

もちろん、「生」と書いていない方がおいしいなと思ったら、次も「生」と書かれていないものを選ぶといいと思います。

めちゃめちゃ長々と書いてきましたが、結論としては「生」か「生でないか」をお酒選びの第一の基準にすると、わかりやすいですよ、ということです。


というわけでとりあえず2月20日現在で記載されているお酒についての記事のツッコミは以上です。次は今週末に控えているコミティアの宣伝をいくつか挟ませてもらって、いただいたブコメ等のご意見とか質問とかに答えていきたいと思います。

 

一応シリーズリンクということで

shouyutechou.hatenablog.com

 

shouyutechou.hatenablog.com

 

「日本人が知らない「激安お酒」のヤバすぎる裏側」を話す前に知識をアップデートした方がいい

前回の記事は、思っていた以上の皆様に読んでいただけたようです。ありがとうございます!

shouyutechou.hatenablog.com

というわけで、第二回をやっていきます。

第二回の元記事はこちらですね。

toyokeizai.net

ここもまあ、あれでして。

元記事が短いのでそんなに多くはないのですが、例によって例のごとくツッコミを入れていきます。

 

日本人が知らない「激安お酒」のヤバすぎる裏側、を問題視する

2ページ目のツッコミどころ

じっくり時間をかけて発酵させることで甘味、酸味、辛味など、日本酒の複雑で深い味わいが醸成されます。

うーん、何といいましょうか。厳密では間違いではないかもしれないんですが、正確ではないということで一応。

それは日本酒に「辛味」があるか、ということです。

辛口の日本酒、なんて表現があるのですが、日本酒には唐辛子などを入れているわけではありません。現在主に使われているような辞書的な意味での「辛味」は存在しないんですよ。(ものすごく厳密にいうと「辛み」であり、味の字はあとから当て字として混ざったとかそういう話もあったりするんですがそれは割愛します)

辛味は味覚ではなくて、舌などに刺激がある痛覚に近いものだ、という話はよく知られていると思います。いわゆる辛味成分(唐辛子のカプサイシンなど)が、そういった刺激物質です。

そして日本酒にはこういう辛味成分が含まれていないんです。発酵によっても生み出されません。

じゃあ日本酒の辛口というのは何なのかというと、これがまた大変長いお話になるので、おおざっぱに言いますと「甘くない日本酒」や「後味にキレがある日本酒」を「辛口」と呼ぶことが多いと考えればいいでしょう。

まあ、自分にとってはアルコールの刺激が大変きつくて辛味と感じるんだと強弁されれば、まあ個人の感じ方だしそれはそうなのかも……とはなりますが、辛味が発酵で醸成されることはないんです。

醸造アルコール」を添加した酒は「普通酒」「一般清酒」とも呼ばれます。私たち業界人は「アル添(酒)」などと呼んでいます。

アル添と呼ぶことは呼びますが、普通酒」や「一般清酒」とは呼びません。ここは明確に間違えているポイントです。

このあとの第三回で著者自身も少し触れていますが、日本酒はものすごく大きくカテゴライズをすると「普通酒」と「特定名称酒」に分けることができます。

特定名称酒というのは「定められた基準を満たしている材料や製法で造られているお酒」です。ようするに、材料も吟味していますし、製法も特別なものだったり手間暇かかっているんですよ、というお酒ですね。ちなみに、著者が同じページで挙げている「純米酒」も「特定名称酒」です。きちんと規格が定められているものなのです。

逆に言いますと、特定名称酒のような特別な手間暇をかけたお酒以外は普通酒なんです。少し乱暴ではありますが、普通酒には明確な法律上の基準があるわけではなく、特定名称酒以外はすべて普通酒と考えればいいでしょう。「普通酒」という言葉も通称ですし、「一般酒」「一般清酒」と言われることもあります。

つまり、純米の中にも普通酒はたくさんあるんです。いわゆる地酒を扱っている酒屋さんではなくてスーパーなどに行ってみると、「米だけの酒」に二種類あることに気づくと思います。「米だけの酒 純米酒」と「米だけの酒(純米酒の規格に該当しません)」です。後者は普通酒なんですね。

お米だけを使っているのに純米酒の規格に合わないというのはどういうことなのかと疑問に思われる方もいると思います。たとえば純米酒だけでなく、特定名称酒にするためなら、使うお米を農産物検査で3等以上に格付けされたものを使わなければなりません。

逆に言うと、その規格から外れてしまったもの(これを等外米と言います)を使うと、純米酒と名乗れないのです。また、麹の使用割合が低い(15%未満)ものも普通酒となります。お米か麹のどちらかで、規格に該当していないのでしょう。

該当しているのに「米だけの酒 純米酒」と言っているのはなぜなのかというと、実は純米酒の規格は昔はもっと厳しかったのが、2004年に緩和されたことに要因があります。緩和前は規格を満たせなかったので「米だけの酒」としていて、緩和後は規格を満たせるようになった。でも、消費者に馴染みのある名前を残そうということで「米だけの酒」を前に出しているお酒もある、というわけです。

そういうわけで、アルコールを添加しているかしていないかは、普通酒にはまっったく関係ありません。

今、日本酒で最も多く出回っているのが、この「アル添酒」です。みなさんもご自宅にある酒のラベルを見てみてください。

ここはすごく微妙な話ではあります。

まず、普通酒の方が圧倒的に出回っているのは間違いありません。普通酒7割、特定名称酒3割ぐらいです。近年では徐々に普通酒の売り上げが減っているので、特定名称酒の割合が増えてきているけれども、大まかにいうとこのぐらいです。

そして普通酒の中ではアル添のお酒はとても多いです。正確な割合は知らないのですが、アル添の方が多いのは間違いありません。なので、もっとも多く出回っているのがアル添酒という言説は間違いではないのです。

じゃあなぜ微妙かと言いますと。

特定名称酒の中では、純米がどんどん売上を伸ばしていっているからなんですね。

人気の出ているお酒には純米酒が多い、ということから「出回っているお酒でアル添が多い」という言説に、ちょっとした違和感を持つ人もいるかもしれないと思ってのツッコミでした。まあ、ここは元記事が間違っているというわけではありません。

3〜4ページ目のツッコミどころ

さて。問題の箇所です。本題でもあります。

この「醸造アルコール」を使えば、「1本の純米酒」から「3本の酒」を作り上げることも簡単です。これが「3倍増」という作り方で、作り方は以下の通りです。

ここが「知識が古い」というところです。

3倍増、まあいわゆる「三倍増醸酒」、略して「三増酒」なんですが、現在は存在しません。

2006年の酒税法の改定によって、造ることが根本的にできなくなったんです。副原料の使用は白米重量の50%以下までとされたので、3倍に増えるぐらいの醸造アルコール(副原料)を加えられなくなったんですね。

というわけで2006年以降は三倍増醸酒を造ると、「清酒(日本酒)」としては認められず「リキュール(※)」扱いとなっております。できて二倍ぐらいまででしょうか。それでもギリギリまで醸造アルコールを入れているところはほとんどなかったりします。

(※)最初「リキュール類」と書いちゃっていました。ご指摘があったのですが、現在は「リキュール」ですので訂正しておきます。申し訳ありません。こういうことを言っておきながらミスが出る一番恥ずかしいパターン!

 

3倍増というのは、戦後間もないころから生産されるようになった「三倍増醸酒」のことが念頭にあったのだとは思いますが、少なくとも2006年よりも前の知識でしか語っておられないんですね。

著者の方は1951年生まれということで、おそらく2006年には食品専門商社でのお仕事を辞められていたのでしょう。そこからまったく知識がアップデートされていないまま語っているというわけです。さすがに法律の話ですし、今から17年以上前の話ですし、知らないで講演活動とかやっちゃうとまずいですヨ! こっそり勉強しときまショ!

要は、「醸造アルコール」も使い方次第で、たんに「カサ増し」のために使われることで、日本酒本来の味が損なわれることが問題なのです。

醸造アルコールは使い方次第というのは本当です。

ただ、それこそ三増酒も一概には悪者にはできないんですね。

以下は最後のツッコミというか単なる歴史の話だし、蛇足だしで興味のない人はスルーしてください。

 

終戦直後の食糧難のときに三増酒が造られたという話は多くの人が知っていると思いますが、そこには国の思惑も入っていたりするのです。

戦後は何が難しかったというと、原材料であるお米がなかったし、さらに杜氏や蔵人が戦争にかり出されて戦死した方も多かったため、根本的に人手が足りなかったのです。そんな状態でお酒を造れるわけがありません。

そこに、戦争に出ていた兵士が復員してきました。まあ、兵士の大半はお酒を飲める年齢の男性でありますので、お酒の需要が一気に高まります。需要が増えても供給ができない。だとすると、闇市しかありません。

かくして闇市で密造酒が横行するようになりました。いわゆる「メチル」「カストリ(粕取り焼酎とは異なるものです)」「バクダン」です。これらは飲めたものではないというか、失明の危険性があったり死亡率が高かったりするんですが、それでもお酒を欲する人が多かった時代でした。

さらに政府にとって、酒税は主要な収入源だったというのもあります。多いときは税収の三分の一が酒税だったぐらいですから、国民の健康を損ねる上に税収が減る密造酒の横行はたまったものじゃありません。

というわけでお酒を増産しろと言うものの、経験者がのきなみ死んでいたりするわけですから酒造りもうまくいかないわけです。腐造が相次いだりもしてしまいます。そこで国がなんとかしようと考えて、三増酒の技術を開発。添加用の醸造アルコールを大量に配給して各地で三増酒を造らせたのです。そうして密造酒を排除して、税収を蘇らせようとしたのですね。

そして、造り手側にもメリットがないわけではありませんでした。カサ増ししてお金儲けができるというわけじゃなく、途絶えてしまった酒造りの技術の復活です。

もろみの中にたくさんの醸造アルコールが入るということは、確かに味が薄まるということでもあります。ということは逆に、多少お酒造りに失敗しても誤魔化せるということでもあるのです。

そうしてお酒造りに関する経験をのびのびたくさん積むことができたことが、現在の日本酒造りにもつながる技術力の復権にもつながったとも言えるのですね。(もちろんこれだけが全てではありません。念のため)

飲み手側としては……やはり、失明しない。飲んだだけでは死なないというのがメリットでしょう。いやほんと、そういう時代だったというわけです。なので、三増酒は確かによろしくないものではあるんですが、時代背景的には100%悪者じゃないんですよ、という話でした。

 

ちなみに現在の形での純米酒を最初に造ったのは、京都の玉乃光酒造だと言われています。1964年(昭和39年)に「無添加清酒」を販売開始したのですね。もちろん、純米酒と呼ばれるのにふさわしいお酒は戦前にも造られていたとは思いますが、戦争でいったん全てが途切れて、また純米酒が復活するまでにこれだけの時間がかかったというわけです。

続きは第三回の分へ。

続きです。

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日本酒「"添加物"で伝統的造り方が減少」していると嘆く人は、山廃を飲まない方がいい

東洋経済ONLINEに2月11日より掲載されている、『食品の裏側』著者である安部司さんの日本酒記事が、非常に悪い意味で話題になっております。

ここから3回分あるのかな

toyokeizai.net

『悪い意味で』と言っているのは、間違いが非常に多く、また一見すると合っているように見える意見でも、著者の思い込みだけの話であったり、知識が古いということが多いためです。

著者の方は、第二回のところで

「昔ながらのじっくり発酵させた酒がうまい」という私の意見に賛同してくれる声も多かった一方で、酒を速く作る技法である「速醸派」からはお叱りの声もいただきました。

繰り返しになりますが、あくまで酒は嗜好品です。

あくまで私の見解、昭和の古オヤジの一意見として受け止めていただければと思います。

と仰っているので、おそらく自分の知識が古い(アップデートできていない部分がある)ということに気づいておられないのでしょう。

もしくは、知っていて「あえて」食品の裏側を書くという著書の主張のためだったり、添加物を悪者としたいがために、このように書いているのではないでしょうか。

というわけで、ツッコミを入れていきたいと思います。かなり長くなってしまったので、目次をつけて二回目以降は後日に回します。

日本酒「"添加物"で伝統的造り方が減少」は問題か、を問題視する

1ページ目のツッコミどころ

まず、冒頭から、ここはどうでもいいかるーいツッコミです。

もうひとつは「高級酒」が売れていることです。1合2000円とか3000円とかいう高価なお酒がバンバン売れる店も増えています。

私たち昭和のオジサン軍団は1合700円とか、せいぜい1000円の酒を飲んできたけれど、今時は安い酒はかえって不人気です

「売れる」という言葉を使っているのでややこしいのですが、これは酒屋さんなどの酒販店で「四合瓶」や「一升瓶」として売られている日本酒ではなく、居酒屋などのお店で飲む場合のことなのでしょう。

その時点で、お店側がつける値段は原価率が異なったり、場所代やその他もろもろが加味されるので、昭和のオジサン軍団が飲むお酒と平等な条件での比較にはなっていないことは明らかです。

ちなみに、これも個人の感覚にはなってしまうのですが、昭和のオジサン軍団が飲むお酒で、安酒と主張したいのだったらもうちょっと安い(ちょっと前までは500円ぐらい)んじゃないかと思うのですがどうでしょうか。

2ページ目のツッコミどころ

造りに関しては、まあ、それほど多くの間違いがあるわけではありません。が、ちょっとだけツッコミたいところがあります。

この酛こそは、「日本酒の大元」ともいえる大事な存在です。「酛で味が8割決まる」と言う人もいるほど、重要なポイントです。

酛で味が8割決まるというのはどなたの言葉なのか、とても気になります。

酒蔵に伝わっている言葉は「一麹、二酛、三造り」という言葉です。ご自身でも3ページ目でこの言葉を紹介していて、一番大事なのは麹と書かれていますよね。

その通り、味のためには麹造りが一番大事で、酛はその次と言われているんです。酛で8割決まるというのは初耳でした。

現在でも、麹で工夫はいろいろ行われています。たとえば従来の日本酒で使われていた黄麹で造る麹だけでなく、焼酎を造るときに使われている白麹を日本酒に使う、なんてことがあるんですね。白麹は黄麹に比べると、クエン酸を多く生み出す性質があり、酸味が強い味わいの日本酒に仕上がります。同じ蔵でも黄麹のお酒と白麹のお酒だとまったく味が違うというのが、誰にでも分かるぐらいのレベルで変わるんです。有名なところでは、新政酒造さんの『亜麻猫』が白麹を使って醸された日本酒です。

おそらくなんですが、速醸系の酒母と、生酛系の酒母(後述)で味わいが変わるということを言いたいのかな……とも思います。確かにこの二つは製法が異なりますので、味わいが変わります。そして、この記事の主題ともなっている部分です。なので、8割変わるという表現にしたのではないでしょうか。

現在、速醸系の酒母は日本酒全体のだいたい9割、生酛系の酒母は日本酒全体のだいたい1割ほどです。なので、どうせ言うんだったら景気よく「酛で味が9割決まる」と言う方が、まだ正しい数値に見えるかと思われます。どうせならきちんとした根拠に基づく数字で盛っていきましょう! まだ頑張れますヨ!

3ページ目のツッコミどころ

昔は、この酛を造る作業(生酛造り)が、それはそれは大変だったのです。蒸した米と麹をいくつかの小さな桶に分けて入れて、2~3時間おきに櫂棒でこね回します。これを「山卸(やまおろ)し」といいます。

こね回す(空気を入れたりする)わけではありません。「すり潰す」のです。何せ、山卸しの別名は「酛摺り(もとすり)」とも呼ばれるものですから、すり潰すのが重要なんですね。

ではなぜすりつぶすのか。

これは、お米を溶かすためです。大昔はお米を溶かすために頑張って手で混ぜて溶かしていたんですが、それじゃあ効率がわるいということで、江戸時代の中期から後期にかけて山卸しが開発されました。

はい、山卸しの歴史は、日本酒の歴史の中ではとりわけ古いというわけではなかったんですね。何せ日本酒はもっともっと昔からありますから。

(かい)で混ぜることによって、手で混ぜるよりも大変衛生的で、期間を短縮することができ、楽になったのです。まあ、もちろん酛摺りが重労働であるのには変わりませんが、昔はもっと重労働だったのですね。

この際に「乳酸菌」が育つのですが、この「乳酸菌」が酒の中の雑菌を全部死滅させてくれるのです。ここで雑菌をしっかり排除しておかないと、純粋酵母が育たず、おいしい酒ができません。

ここはまあ、言わずもがなではありますが、乳酸菌の力だけではありません。詳しくは後述しますが、生酛系ですとまずは硝酸還元菌が亜硝酸を作り出し、野生酵母や産幕酵母という、お酒を造るときには邪魔な酵母の生育を抑えるのです。

この技術によって、山廃でも雑菌が繁殖しなくて済むようになりました。そのあとに乳酸菌が育つ、というわけですね。

4ページ目以降のツッコミどころ

ここから微妙にいろんなところがごちゃ混ぜになっていて間違いが混在していてややこしいんですが、できるだけ整理していきましょう。

「山卸し・山廃」方式では酛造りに2~3週間かかるところ、この「速醸酛方式」だと2~5日程度で完成します。

こんなに早いことはまずありません。2日て。いくらなんでも盛りすぎです。

一方で、生酛が2〜3週間というのも短いです。造っている量にもよるんですが、ちょーっと短いですね。もうちょっと時間をください。

生酛系だとだいたい1カ月、速醸酛だとだいたい2週間と考えるといいでしょう。これも厳密には蔵によって異なります。でも、2日とかで完成することはないです。

 

それなら蒸した米に「アミラーゼ」といった酵素を添加してしまえば、でんぷんが早く糖に変わり、麹も少なくて済みます。このとき、温度を上げると酵素がより働くから、温度を55度ぐらいまで上げます。

ここに乳酸を添加すれば、より早く酛が出来上がるわけです。これは「高温糖化酛」と呼ばれます。

これは、呼ばれないんですよ。明確な間違いなんです。勘違いされやすいんですが。

「高温糖化酛」もしくは「高温糖化酒母」と呼ばれるものと、「高温糖化法」では似て非なるものでして、この説明で呼ばれているものは「高温糖化法」なんです。決して「高温糖化酛」ではありません。

高温糖化酛は、広島県の中尾醸造4代目の中尾清麿氏が開発したものです。中尾氏は1927年に東京帝国大学で発酵を学んだ後、蔵に戻ったあとも日本酒にふさわしい新しい酵母を探し続けました。そうして見つけたのが、リンゴ酵母です。

ところが、リンゴ酵母は非常に弱く、そのままでは蔵付きの酵母に負けてしまうぐらいに弱かったのです。蔵付きの酵母はそれまで蔵で生存競争を勝ち抜いてきただけあって力強く、放っておいても入ってきちゃってリンゴ酵母を駆逐しちゃっていたのですね。

そこで7年かけて、1947年に開発されたのが高温糖化酒母法なのです。

蒸し米と麹と水を混ぜ合わせ、55℃で8時間保ちます。55℃は菌が生きていくのには非常に厳しい環境のため、さしもの蔵付き酵母もやられてしまいます。ところが、麹の酵素は60℃で失活(活動しなくなる)ため、ギリギリセーフ。というわけで、麹の作用はそのままに、雑菌を退治することができるというわけです。

その後、無菌状態になったもろみを20℃まで冷ましてリンゴ酵母を加えると、リンゴ酵母100%の酒母が完成するというわけです。

つまり、弱い酵母を使ってお酒を造るための技術として生み出されたものなんですね。そしてきっちりと麹を使っていて、酵素は添加していません。

先にちょっと触れましたが、昔から日本酒は「寒造り」といって極寒の中で造られてきました。寒い時期が、最も雑菌が繁殖しづらいからです。

ここも正確ではなくて。

寒造りが一般的になったのは、あくまで江戸中期以降の話です。それよりももっと前は、別に暖かい季節でも造られていたんですね。

生酛よりももっと古く、伝統がある「菩提酛」という造り方があります。室町時代中期に、奈良県の菩提山正暦寺で開発されたものです。

生米と炊いた米を水に漬けて数日間放置します。そうすると、空気中の乳酸菌が取り込まれて繁殖。酸っぱい水ができあがります。これを「そやし水」と言います。

この「そやし水」を使って酒母を育てるのが菩提酛です。水酛と呼ばれることもあります(この辺はややこしい理由があります)。

この造りは寒すぎるとできませんので、温暖な気候の中で造られていたというわけなんですね。

ちなみに現在の生酛系のみならず、速醸系の原型とも言われています。乳酸の入った水である「そやし水」を安定して造るのは非常に大変です。じゃあ、最初から乳酸を用意すればいいよね、という発想で速醸酛ができたというわけです。

そして、この暖かい季節に造っているお酒に対して、寒い時期にしか造れないタイプのお酒のことを「寒酛」と呼ぶようになったのです。だいたい江戸中期元禄時代あたり)の話です。寒造りという言葉も当然それ以後に使われるようになったというわけです。

そしてこの寒酛が明治期に山廃・速醸が生まれた際に生酛と呼ばれるようになりました。なので頑張って遡っても、生酛は江戸からと言うことになるでしょう。

しかし、昔ながらの「生酛造り」「山廃仕込み」こそが本来の酒であり、これが「『添加物(乳酸)を使う速醸』によって壊された」と嘆く日本酒ファンも少なくありません。
(略)
室町・江戸時代から連綿と続く日本の伝統文化ですから、残ってほしいという気持ちはあります。

というわけで、非常に残念ながら、生酛造りは室町時代から続いている伝統ではありません。

山廃仕込みに至っては明治時代です。明治42年(1909年)ですね。

そして、この著者が敵視している速醸酛と、開発された年でいうと1年しか違いません。速醸は明治43年(1910年)に開発された技術なんです。

伝統という言葉を使いたいのなら、きちんと年代を明確にするといいでしょう。

生酛や山廃こそが「本来の酒」なんてことはありません。本来と呼ぶことの根拠がただ単に歴史があればいいということになると、映画『君の名は』でも有名になった、口噛み酒とかがもっとも伝統のある「本来の酒」になるかもしれませんよね。あ、八岐大蛇伝説で言うところの八塩折酒とかの方が「本来の酒」になるでしょうか。でも、ちょっと違いますよね。生酛や山廃や速醸だろうが、日本酒だったら「日本酒」で、その中の一ジャンルだけが本来の酒というわけではないんです。

生米をすり潰して、「乳酸」「アミラーゼ」などの添加物を駆使して造った酒が高く売れているというのは、なんだかおかしな現象のように私には思えてなりません。

生米をすりつぶして造るお酒で、そんなに高いお酒があるなら飲んでみたいのでぜひ教えて欲しいです!

そもそも日本酒の値段の高低は、お米の原価がどれだけかかるかと、どのぐらい時間をかけて造るかによって決まることの方が圧倒的に多いです。

お米は玄米の状態から精米してお酒を造ります。玄米を100%の状態とすると、どのぐらいまでにしたかの割合精米歩合といいます)の数値が出るのですね。たとえば精米歩合60%と言ったら、4割ほど削る(お酒業界だと「磨く」という表現を使います)んです。

たとえばここに、40%まで磨いたお米と、80%まで磨いたお米があるとしましょう。たとえば、あるお酒を造るのに磨いた後のお米が10kg必要とします。40%のものだと25kgの玄米がなければなりません。80%のものだと、12.5kgの玄米で済みます。

ということは、精米歩合40%のものは、同80%のものに比べて、原価が倍かかっていると言えますよね。

こんな風に、お米を磨けば磨くほど原価がかかるのです。

そして、時間をかけて造れば造るほど(そういう製法にするほど)、人件費やら設備費やら何やらがかかるので、高くなるというのはわかりますよね。

著者の言っている、製造時間を短くしているお酒というのは、いわゆる日常消費用にお安く手に入れられるタイプのお酒で、値段も決して高くはないんです。なので、おかしな現象なのは、著者の思い込みによる幻想というわけですね。


山廃にも「添加」しているものがある

さて。ここで本題その1に入っておきましょう。

この著者の方は添加物は非常によろしくない、添加物の功罪を語るのがメインの方のようです。そして、基本的には添加物はない方が良いという主張の方のようです。

だとすると、ああ、大変です。

山廃は飲まない方がいいでしょう。そりゃあもう、加えちゃってますから!

そもそも山廃仕込みがなぜ成立するのか。本来なら山卸しを行うことで、雑菌の繁殖を抑えるわけですから、ただ山卸しをやらないだけだったらお米は溶けにくいし、雑菌が繁殖してしまいます。

じゃあどうするのか。

水を多めに、温度を高く仕込むのです。そうすることでお米が溶けやすくなり、すり潰す山卸しをしなくてもよくなるのです。「寒造り」とはまったく逆の発想なんですね。

でも、これだと雑菌の問題が解決していません。

そこで出てくるのが硝酸還元菌なんです。

硝酸還元菌は、亜硝酸を生み出します。この亜硝酸が雑菌を退治するのですね。つまり、最初に加える水の段階で硝酸還元菌が多かったら、雑菌の繁殖を抑制してくれるので、温度を高く水を多くしてもうまくいく、というわけです。

ところがこの硝酸還元菌は、水の中にミネラルが多く含まれる硬水じゃないと生きていけません。そして残念ながら、日本の多くの地域はミネラルがあまり含まれていない軟水なんです。硝酸還元菌が育ちません。

じゃあどうするか。はい、ミネラル剤を加えればいいんですね。

硝酸カリウム」を添加すれば、水の中にミネラルを多く増やせば硝酸還元菌が活躍し、亜硝酸が生み出され、雑菌の繁殖が抑制できるのです。

これによって衛生状態が劇的に改善し、山廃を造るときに失敗することがないようになりました。

というわけで、非常に残念なことに、この著者の大好きな山廃には、硝酸カリウムが添加されていることが多いのです。そうしないと失敗してしまうので。

もちろん、硬水の地域で井戸水などで醸している蔵だったら添加しなくても大丈夫ではあります。そしてもちろん、硝酸カリウムを加えるといっても人体に影響が出る量を加えているわけではありません。水質を少しだけ硬水寄りにしているだけと考えればいいでしょう。

「添加物の功罪」という視点でいえば、日本酒に関しては「功」のほうが大きいとも私は考えています。

このように、添加物の「功」をもっとも享受している日本酒のひとつが、山廃仕込みというわけなんですね。

何でも簡略化が悪いわけではない

本題その2です。

著者の方(おそらく編集さんがつけた部分ではあると思いますが)は「簡略化の功罪を考える」とタイトル部分で言っていますよね。

当たり前なんですが、何でも簡略化が悪いわけではありません。

むしろ、日本酒の場合は経験則で行われていたことをしっかりと分析し、だとするとここをこうすればいいのでは、ということのくり返しになるのです。

ほとんどの蔵は、限られた中で、できるかぎりおいしいお酒を造ろうと試行錯誤をしています。いま大人気の蔵はもちろんそうですし、大手の蔵だってもちろんそうです。できるだけ安く、おいしいものを飲んでもらいたいと努力し続けているのですね。

それを、知識不足のまま、簡略化の功罪とか言われても、まったく響くものがないというわけです。多くの人が怒っているのは、そういう部分じゃないでしょうか。著者の人の味の好みとかは本当にどうでもいい話です。好きな物を持ち上げるために、他の物を落とす必要はないし、ましてや添加物は悪という主張に利用するなんてもってのほか、というわけですね。

 

まあ、そんなわけで二回目以降の記事も間違いや古い考えがアップデートできていない部分がたくさんありましたので、ツッコミ入れていきます。

続きです

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宝塚ファンのためのRRR解説

『RRR』ファンのための宝塚大劇場RRR観劇ガイドに続く第二弾。宝塚ファンのためのRRR解説です。

宝塚版RRRは本当に完成度が高く、1時間半という短い時間できっちりまとめあげていて、単体でRRRを見たことがない人でも十二分に楽しめる傑作なのは言うまでもありません。

ですが、RRRのテーマともいえる部分を少し削ってしまっているのも事実。というわけで、そういった削られた部分や、あのシーンってどうしてこうなの? みたいな部分を解説していきます。

なお、ここでは公式や配信会社の動画(インド映画は公式のMVなどをYouTubeにアップする文化があるのです)を貼っていきます。その中で、血が出たりするシーンなどに関してはあらかじめ注意書きを入れるので、苦手な方は見ないようにしてください。

もちろん、初見の感動を大事にするのでネタばらしは読みたくない! という方も読まない方がいいです。

あ、大前提として、コムラム・ビームもラーマ・ラージュも実在の史実上の人物です。インドの解放闘争(イギリスからの独立闘争)の英雄です。ただ、RRRは史実ではなく、史実ifなお話です。

めちゃめちゃ長いので目次を入れてあります。観劇をして、ここどうだったっけと思ったところを読み返していただけたらと!

Q. なぜ最初は鹿と虎、特に虎なの?

A.一応、理由はあります

虎なんですが、映画の方でビームが登場するシーン。まずはここに出てくるんですよ。

※半裸のマッチョ(ビーム)が猛獣をおびき寄せるために頭から血のようなものをかぶるシーンがあります

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ここで猛獣をおびき寄せ、虎を生け捕りにします。

なぜ虎が必要になるのか。それはもう、スコット邸に突撃するために他なりません。宝塚版では若干スマートに突撃していましたが、映画版では力尽くで侵入というか、襲撃します。虎達と一緒に。

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ここで鹿もイギリス兵に重症を負わせる大活躍をするのです。というわけで鹿と虎が出ていても不思議はまったくありません。まあ、鹿は森の象徴でもありますが。

そしてもうひとつ。ビームを演じているNTR Jr.は「ヤングタイガー」という愛称がついています。

ラッチュが拷問されているときに「兄貴は森を支配する虎だ」と言っていたのも、虎を捕まえていたりヤングタイガーという愛称だったりとかいろいろな意味が込められています。

あとは……これは完全に推測というか深読みになってしまうのですが、映画版でビームがマッリのために作ったバングル。宝塚版だと最初の子供にもあげたりしているんですが、映画だとマッリのために作ってそれをジェニーに託している1個だけが登場しますし、模様が描かれているのも見えるんです。

この模様はたくさんの種類があり、それぞれがゴーンド族にとっての何かを象徴しています。その中の鹿は「優雅さと優しさ」の象徴なので、宝塚版のビームには優雅さと優しさが備わっている、という暗示なのかもしれません。

Q. 子供を助けるシーンの旗は何?

A. インドの解放闘争のための旗で「母なるインドを称えよ」と書かれています

子供を助けるシーン。宝塚版でもかなりの迫力でしたが、映画版はもう映画ならではの超ド迫力シーンなのです。

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川で助けを求める子供。頭上の橋では蒸気機関車が爆発事故を起こし、火に取り囲まれています。橋の上でどうにか子供を助けようとするラーマは、同じく川辺で子供を助けようとしているビームに気づき、必死に手を伸ばし、合図を送ります。

宝塚版のここの手の挙げ方が完璧すぎて、橋の欄干がそこにあるようにまで見えました。
というのはさておいて、助けるために二人がとったのがこの動画の行動というわけです。

ここは全体的に非常に意味の深いシーンでして。

国を救う大義を胸に秘めたラーマが「旗」を持ち、
さらわれた娘を救いたいビームが「子供」を助け。

そしてそれを交換することで、後にラーマが「親友とその妹」を助け、ビームが「国を救う大義」に目覚めることを暗示しているわけです。

この旗は現在のインドの国旗ではありません。RRRの舞台である1920年頃には、各地でインドの独立のための象徴となるべく「民族旗」が登場しています。その中でも初期のころの民族旗のデザインをもとに作られた旗です。

中に書かれている「वन्दे मातरम्」という文字はヒンディー語で用いられているデーヴァナーガリー文字で、「ヴァンデー・マータラム(母なるインドを称えよ)」という意味です。

宝塚版では√ビームということで、どうしても「大義」側のラーマがあまり描かれていないため、旗がちょっと弱いものになってしまっていたかもしれません。

Q. なぜビームはでっかい肉を持っていたんですか。食べるため?

A. 猛獣のためです!

子供を助けたあと、二人が固く握手をし、「Dosti」という曲が流れます。これは宝塚版も映画版も同じです。

この歌が流れながら、二人が友情を育んでいくシーンが次から次へと登場して時間の経過と共に二人の絆が確かな物になっていくのを見ることができるのです。宝塚版では後に急に登場するラッチュの似顔絵も、このDostiの曲の中で絵師に描かせています。そしてその中にビームがでっかいお肉を持っているシーンがあるんですね。

これは映画版にもあります。この動画の2:05ぐらいです。

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いきなり水中から始まるのは、二人が子供を助けた後に川に一回潜るからです。

そして、何のために肉を持っているのか。ラーマとおじさん(ヴェンカテシュワルル)が「食べ足りないんじゃないか?」「悪くいうな」と笑いながら言っているんですが、実はこれはビームが食べるんじゃないんです。

この歌を続けてみていると、何か穴にお肉を放り込んで扉を閉めていますよね。そのとき、ガオーって吠え声が聞こえるんです。そう、襲撃用の虎とかを飼っている小屋だったんですね。

残念ながら宝塚版では動物大作戦が行われていないのですが、肉のシーンはファンサービスとして挿入してくれたのでしょう。

ちなみにDostiは、日本配給元のツインが日本語歌詞付きのMVを公開してくれています。

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結構宝塚版と歌詞が違いますよね。映画版は友情と絆がメインテーマで、そのあとにくる対立をほのめかす程度なのに対して、宝塚版ははっきりと対立する、ということを頭においてそれが運命と歌い上げている印象があります。

宝塚版のみの歌詞で好きなのは「人と神の間に生まれた絆」というところなんです。これについては後ほど!

Q. なぜRRRファンの人達は宝塚版ナートゥを見て驚いているの?

A.歌いながら踊っているからです!!!

どう再現してくれるのか、ものすごいわくわくしていたナートゥ。これが、想像を絶するというか、今思い返しても意味がわからないんですが、歌いながら踊っているんですよ!!!

映画版のNaatu Naatuを見てみましょう。

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口が動いているので、映画版でも歌いながら踊っているように見えます。ですが、インド映画は基本的には歌どころか喋っている言葉もアフレコなんですよ。

というのも、インドは多言語国家でして、同じ国の中でも全く違う言葉を使います。北部ではヒンディー語が主なんですが、南部にはテルグ語タミル語カンナダ語マラヤーラム語などたくさんあります。これらは関東の言葉と関西弁の違いどころではなく、本当に別の言語なんですね。

そうなると、インド国内で映画を展開する際には、2通りの方法があります。ひとつは、違う言葉のところに展開する場合は吹き替えを作ってしまうというもの。

RRRはテルグ語圏で作られた映画なんですが、国内多言語展開をしています。たとえばヒンディー語吹き替えのNaatuはこれです。あ、Naatu自体も言葉が変わってNaacho Naachoになっています。

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歌声も別人ですよね。

というわけで、歌は特にプレイバックシンガーという歌手の方々が歌ったものにあわせて俳優は口を動かして演技をしているのです。アカデミー賞でパフォーマンスをしたのは、この歌手の人達と、ダンサーの方々だったのですね。

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というわけで、映画版では歌いながら踊っていないんですよ! そもそもカット割りされていますし。それを一発勝負の舞台で、歌いながら踊るとか、人類にできてしまうのか!? と驚愕していたというわけです。

ちなみにもうひとつの多言語展開の方法は、その言語圏の俳優たちでリメイクをしてしまうというものです。2024年1月6日から随時全国で上映されている『ヴィクラムとヴェーダ』という映画は、もともとはタミル語版で作られたものをヒンディー語圏の俳優達でリメイクした作品だったりします。

Q. なぜナートゥのラーマはお盆を叩いていたの?

A. そこにお盆があったから! いや、そうではないんですが。

ここはもうナートゥに入る前のシーンを見ていただくしかないんですが

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嫉妬にかられたジェイクはわざと足を引っかけてビームを転ばし、ひどいスラング混じりに罵声を浴びせます。侮辱されたインド人の給仕のみならず、女性陣が顔をしかめているのは下品なスラングだからというのもあります。

あまりに下品なスラングだったからこそ、このあとの男性陣の抗議に対して女性陣が立ち塞がり、「Go!」と背中を押したり、自ら一緒に踊ったりしているというわけですね。

ちなみに映画版ではナートゥのシーンはウクライナの首都キーウにあるマリア宮殿で撮影されていて、踊った女性陣は現地のバレエダンサーが中心になっていたりもします。

サルサでもフラメンコでもない。“ナートゥ”をご存じか?」

という有名なセリフからナートゥが始まるのですが、そもそものナートゥとは「地元の」とかそういう意味です。RRRの主な舞台であるデリーは北部インドですが、ビームもラーマも南インドのアーンドラ・プラデーシュ州(現在はテランガーナ州とアーンドラ・プラデーシュ州に分かれています)の出身です。そしてこの南インドには「カルナータカ音楽」という古典的な音楽があるのですね。

この「地元の」という意味からは、カルナータカ音楽を連想させる要素があるのです。そしてカルナータカ音楽は他の地域の音楽の影響を受けておらず、ムリダンガム(南インド特有の両面太鼓)でリズムをとりながらヴォーカリストが歌うのが基本だったりもします。つまり、打楽器は必須。

さらには受けた侮辱を蹴り飛ばす的な意味もこめて、お盆を真上に蹴り飛ばし、叩いたのではないかと思われます。

ちなみに映画版ではここにジャングもペッダイヤも登場はしていませんので、お盆を支える人は出てきていません。

Q.ジェイクの出番はナートゥで終わりって本当?

A. 本当!

ジェイクはプライドが高いのでおまえらにできる踊りは俺にもできるとダンスバトルを挑むものの、負けてしまって心底悔しそうにしたあと、なおも踊り続けてしかもどんどんギアを上げていく二人を見てこいつらマジやべえ……って顔をするので出番は終わりです。

Q. ナートゥの最後でラーマが倒れたのは恋のアシストですか?

A. もちろん!

ラーマは英語もできるジェントルマンで、女性陣に丁寧にナートゥの踊り方を教えていたりします。また、やっぱりお盆を叩いて登場するあのシーンが鮮烈すぎて、周囲の女性陣はみんなラーマにメロメロ。

二人だけのダンス対決頂上決戦時も、ほとんどの女性陣が「ラーマ! ラーマ! ラーマ!」と応援しています。

ジェニーだけはそこで「違うでしょ! Go! アクタル!」とアクタル(ビーム)を応援しているんですね。

そしてそれを広い視野で全て見ているラーマは、ビームが限界に近そうと判断したら、ビームが倒れる前に自らがわざと倒れるというわけです。

ちなみに映画版のナートゥの、貼ったYouTube動画では、ラーマが倒れた瞬間の4:22頃に後ろでひとりだけジェニーが飛び上がって喜んでいるので見てみてください。このときのオリヴィア・モリス(ジェニー役)の表情から仕草が完璧と、監督達から大絶賛されたシーンでもあります。

Q. なぜラーマは拷問までしたラッチュを逃がしてあげたんですか?

A. ラーマは基本的に大義のために動いていたからです

宝塚版ではやや省略されていましたが、ラーマはインドの解放闘争のために動いています。父親であるヴェンカタ・ラーマ・ラージュも同様に解放闘争のために動いていて、村人を民兵に鍛え上げたりしていました(史実の父親はカメラマンなのでちょっと異なります)

ところがイギリス軍がそれを嗅ぎつけ、村を襲撃。村人達を殺してしまいます。その際にラーマは目の前で母親と弟を失いました。さらには、自爆攻撃をする父親のために、自ら父親とその腹に巻き付けたダイナマイトを撃って命を奪っています。

そのため、ラーマの根本には「祖国解放のため、誰しも払うべき犠牲はある」という考えがあるのです。したがって、本来は同胞であるラッチュを捕まえ、さらには「兄貴」を捕らえるための情報を聞き出すために拷問をも辞さなかったというわけです。

ところが、毒蛇に噛まれ、あと1時間の命と宣告されました。

だとするとこれ以上同胞を痛めつける必要はありません。任務を遂行できないのですから。というわけで逃がしたのですね。

Q. 毒の治療を受けたあとのラーマ、すぐに雄叫びあげたりして毒が回っちゃわない?

A. あの雄叫びは重要なんです!

映画版では登場するのですが、ラーマのおうちにはトレーニング室があります。そしてラーマは何かがあるとサンドバッグに怒りやら何やらの感情をぶつけ、雄叫びをあげたり慟哭したりするのです。

イギリス警察内でのインド人という、イギリス人からは猜疑の目で見られ、インド人からはイギリスの犬とみられるような立場で出世するためには、対外的には完璧超人でいなければなりません。そこにかかるストレスは多大なものでしょう。そんなラーマが日常生活の中で唯一感情をむき出しにするのがトレーニング室なのです。

そしてその雄叫びシーンを再現したというわけですね。

ただ、ややのけぞって雄叫びをあげるのはオープニングの時のラーマの動きのコピーで、ビームの正体を知ってしまったときの動きはもうちょっと前屈みだったと思いますので、そのあたりはもう一度見る機会があれば注目するつもりです。

Q. ビームのスコット邸への潜入、ちょっと策が足りていなくないですか?

A. 映画では動物を使ってパニックを引き起こし、それに乗じてマッリを救出するつもりでした

もう一度載せます。このシーンなんですね。

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大量の猛獣を解き放ってパーティー会場をパニックに陥れ、大混乱の中でマッリを助け出すつもりでした。それに対する下調べもジェニーにお屋敷に招待されたときにさりげなく行っております。頭脳プレー!(本当に?)

ちなみになんですが、この潜入前のパーティーで、キャサリン・バクストン総督夫人(小桜ほのかさん)の歌がうますぎて、え、あ、キャサリンが歌っている? しかもうますぎる? って混乱もしていました(あれ、これはナートゥのシーンでしたっけ?)

Q. なぜラーマはあそこまでして特別捜査官になりたいんですか?

A. 尋常の手段では特別捜査官になれないと知ったからです

映画版の冒頭でのラーマの初登場シーンは、デリー郊外の警察署です。ラーラー・ラージパト・ライという活動家を捕らえたイギリス警察に対し、1万人の群衆が警察署を取り囲み、暴徒と化して抗議活動をしています。

その中の一人が投じた石が、イギリス警察のおえらいさんの写真を直撃。怒った署長(っぽい人)が「あいつを連れてこい!」と言っちゃうわけです。

それを聞いたラーマは、颯爽とフェンスを跳び越え、1万人の群衆を警棒一本でちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ぼこぼこに殴られながらも犯人のところにたどり着き、警察署まで連れてくることに成功しました。

そんな不可能ごとを成し遂げる、一度決めたら必ず任務を遂行する火の意志を持った人物として描かれているのですね。

ところが、そうまでしても、その年の特別捜査官への昇進が見送られてしまいます。昇進したのは(おそらく自分よりも手柄を立てていない)イギリス人のみ。ラーマは理不尽さに自室のサンドバッグを叩きまくり雄叫びをあげるのです。

そんな中に降ってわいた、キャサリン総督夫人からの「この不可能ごとを成し遂げたものは特別捜査官へ昇進させる」の言葉。この千載一遇のチャンスに全てを賭けていたからこそ、たとえ親友を捕まえることになったとしても、成し遂げなければならなかったというわけです。

ちなみに、映画版ではラーマが「生死は問いますか?」とキャサリンに質問した際、その署長が「保証します。適任者がいるとしたらあの男しかいません」と耳打ちするぐらい、ラーマの活躍は群を抜いていて現場での信頼が厚かったんですね。

Q. 鞭打ちのシーンで、風の音が入っていなかった?

A. よくぞお気づきで! これは、ビームが風の神の息子である暗示なのです

いきなり神様の話が入ってきてびっくりされたと思います。

この辺は、インドでは常識となっている部分だけれども日本ではなじみがない部分だったりもしているので、宝塚版では大きく省略されている神話部分に関わっているんです。

映画版のコムラム・ビームは、意図的に神話の時代の英雄「ビーマ」をモチーフにした描写があります。

ビーマとは、インドの二大叙事詩のひとつ、マハーバーラタに登場する英雄です。最近はFGOなどでも登場していますね。

その中でビーマは風の神ヴァーユの息子として生まれていて、怪力などを継いでいます。日本では力持ちの子供=金太郎というイメージがあるかと思いますが、インドでは力持ちの子供はビーマとあだ名がつけられるぐらい一般的なんです。

というわけで、コムラム・ビームが何かしらの神通力を発揮する際には突如風が吹くのです。

※トゲトゲの鞭で打たれて血が吹き出るシーンがあります

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Komuram Bheemudo、宝塚版では「コムラム・ビームよ」を歌う直前に突風が吹いてきて、ビームの頬に葉がついているのがわかります。ビーマとしての神通力を発揮し、だからこそ鞭に打たれても歌うのが止まらず耐えられたというわけですね。

宝塚版のこのシーン、息をするのを忘れるほど歌も素晴らしかったんですが、鞭で打たれる(実際には床を打っているので体にはあたっていないはず?)瞬間にはビームがビクッと体が反応し、でも歌はそのまま続いているという、本当は鞭で打たれているんじゃ? と言っていたら(ビーム役の)礼真琴さんはさまざまな作品で本当によく鞭に打たれるし、打たれる演技が異様に上手いことに定評がある」と教わりました。たしかに上手すぎた!!

Q. 鞭打ちの歌に感動してビームを逃がすの、省略された部分あります?

A. やや省略されています。ラーマの「大義」と関係あるのです

この部分は宝塚版では若干省略されていたのですが、逃がしたのはやはりラーマの「大義」と関係があります。

ラーマはすべての人に武器を配れば、それで解放闘争を成し遂げられると思っていました。というのも、幼少期にイギリス軍に襲われた際に、多大な犠牲を払ったものの小銃1本でイギリス軍を撃退したからです。死にゆく父との最後の約束「皆に武器を届けろ」だったのですね。

ところが、ビームの歌が民衆の心を動かしたのを目の当たりにして、ここで初めて「銃のない革命」を知ることになったのです。ビームの感情が、多くの人々を武器に変えた、と。だからこそ、ここでビームを犠牲にしてはならないと逃がすことを決意したのでした。

映画版ではもちろん歌のシーンの後(前述の歌の最後の部分)に、気絶したビームがそのまま民衆のシンボルにならないよう、車に運び入れて連れ去るシーンが入っていますね。そのあとに苦悩して、ビームを逃がすことを決め、マッリと一緒になるように策略をラーマは巡らしていくのです。そこを少し省略して当日に逃がしたのが宝塚版なのでした。

ちなみに気づいた人は多いと思いますが、マッリがヘナアート(手に描く入れ墨みたいなやつ)をするシーンで歌った歌、ビームがマッリと最初に再会したときに牢越しに歌った子守歌、そして「コムラム・ビームよ」はすべて同じメロディです。ゴーント族に伝わるメロディなのでしょう。

Q. みんなが言う「肩車」ってどこに登場したの?

A. ビームがラーマを救出するとき!

RRRを見た多くの人が言う「肩車がやばい」「史上最強の肩車だ」というシーン。

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これは、ビームを逃がしたラーマが捕まり、投獄された後、ビームが救出するシーンで用いられます。

ラーマの戦闘力などを恐れたイギリス軍はラーマの膝を破壊します。このままでは動けません。でも大丈夫。足が動かなければ肩車をすればいいじゃない! これで1+1=2ではない、1+1=∞だ! と言わんばかりの大活躍をするのです。

さすがに腰にきますし、宝塚版では肩車はでてきませんでしたね。

Q. ラーマがなんか神々しい姿になっていたんだけど?

A. 神が降りてきたのです

これまたいきなり何を言うのかと思われるかもしれませんが、そうとしか言いようがありません。

もともと「ラーマ」という名前は、マハーバーラタと並ぶ二大叙事詩のひとつ、ラーマーヤナの主役の王子の名前でもあります。

このラーマ王子は、インド神話最高神の一柱、ヴィシュヌ神の生まれ変わりのひとつでもあります。そして自身も功績などによって、神格化されたのです。つまり、ラーマ王子は神でもあるわけですね。

史実のラーマは、自分の名前が神様と同じであることも利用して、人々の心をつかみ、解放闘争の指導者として活躍しました。

というわけで、映画版のラーマも神様のラーマとは深い関わりがあり、前述の膝を砕かれて動けなくなっていたときも、ビームの薬草を塗り、ラーマ神像の前で横たわって祈りを捧げることで復活したのです。その後は、ラーマ神像の持っていた弓と矢を借り、捧げられていた布をズボンにし、八面六臂の大活躍をしたのですね。

ちなみに神話のラーマ王子が持っている弓と矢は、「どれだけ射ても矢が尽きない」とされ、神出鬼没に現れては敵を矢で射倒すという逸話がたくさんあります。最後のラーマが弓矢を使っていたのは、ある意味必然だったのですね。

この辺は公式系では動画がありません。歌だけです。公式じゃなさそうなところ(判断がつかなかったので載せていません)だと映像つきでたくさんありますので、興味がある方は「Raamam Raaghavam」で検索をしてみてください。

もうひとつ。映画でも宝塚でもラーマの恋人の名前がシータなのは、これは史実でもありますし、神話と同じでもあります。ラーマーヤナのラーマ王子はヒロインであるシータ姫を羅刹にさらわれ、それを救いに行きます。ラーマとシータはもうほとんどセットになっていると言っても過言ではありません。なので、ビームは恋人の名前を明かしたラーマに「ラーマとシータだな」映画の日本語吹き替えだとここをわかりやすくするためにラーマ王子とシータ姫だなとなっています)と言ったりもするのです。

史実のラーマは確かに友人の妹であるシータと恋仲になるのですが、お互いがまだ幼かったときに、シータが病気で早世してしまいます。それを嘆き悲しみ、ラーマはそれ以降「A・ラーマ・ラージュ」ではなく「A・シータラーマ・ラージュ」と、シータの名前を入れた名前を名乗るようになるのでした。

Q. 最後が逆ってどういう意味なの?

A. ビームが撃っていたのです

最後にスコット提督を撃つシーン。あそこでラーマが撃っていますよね。映画版だと実は逆です。

というのも、ラーマの「大義」はあくまで「民衆=人に武器を渡して、イギリス軍を打ち倒す」というところにありました。なので幼いころから訓練をし、さらには警察でも訓練をした自分ではなく、一般の人であるビームに銃を渡し、撃ってもらって革命を成し遂げるということが重要だったのです。

でも宝塚版は、あくまで「√ビーム」の話。つまり、徹頭徹尾「神」であるラーマの物語は薄めて、「人」であるビームの話に終始したのです。なのでDostiでも宝塚版でのみ「人と神の間に生まれた絆」というフレーズが入っていて、人と神の話とはわけているんですよ、ということを伝えてくれていたのですね。

というわけで、大義と解放闘争とが主軸となっていると考えると少しあれっと思いますが、宝塚版では「人」としての物語ということで、あの終わり方でも良いと思っております。

Q. ビームはラーマに読み書きを教えて欲しいって言うけど、読み書きできないの?

A. できません。

よーーく見ると、特にラーマの手紙をビームが読もうとするところとか、わりとビームが困った顔をしていました。オペラグラスで見たので、見間違いではないとは思います。

映画版では特に「言語」の違いが重要な位置にあります。

テルグ語しか話せないビームに対し、ヒンディー語・英語・テルグ語が達者で読み書きもできるラーマ。ビームはラーマに、ジェニーから渡された紹介状を「読んでくれよ」と言ったりもしています。もちろんジェニーとの間では互いに言葉が通じず、わたわたするというシーンもありますね。

ラーマが鞭打ちされるビームに感動したのは、その場にいた民衆の半分はヒンディー語しかわからず、テルグ語がわからないにも関わらず、テルグ語で歌い上げたビームの感情がその場すべての人の心を動かしたからです。

そして、物語の終盤で「マッリを救う」という事しか見えてなかったビームが、シータの話(宝塚版だとそのままラーマの手紙)を経て、ラーマが祖国を救う大義のために動いていたことを知るのです。そうやって人に意志を伝えられる「読み書き」も含めて、自分は何てものを知らなかった、視野が狭かったんだろうというところから「俺は森で生まれ、無知だった」という言葉が出てくるのですね。

そこでまずラーマにお願いをしたのが「読み書き」だったというわけです。それを聞いたラーマが白い旗に3つの単語を書きます。

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この動画の冒頭の部分です! 動画はそのままエンディングの大団円のスタッフロールの歌につながります。宝塚版のEtthara Jendaもそれはそれは素晴らしかったですよね!

この3つの文字は「जल जंगल ज़मीन」です。ジャル(水)、ジャンガル(森)、ザミーン(土地)という意味ですね。

実はこれ、実在のコムラム・ビームが解放闘争の際にかかげたスローガンなんです。つまり、祖国を救う大義に目覚めたビームが旗頭として掲げたのが、ラーマに最初に教わった3つの単語という、非常にエモいシーンなんですね!

 

というわけで、めちゃめちゃ長くなりましたがいったんここで終わります。他に何か質問がありましたら、Xでもいいので適当に書いていただけると、追記をしていくかもしれません。

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