醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

C102で頒布した『毒を喰らわば』の三章を立ち読み公開します

今年は例年に増して、食中毒に関するニュースが多いような気がします。被害に遭われた方には心よりお見舞いを申し上げます。

何かできないか……と考えていたところ、何人かから「同人誌の内容を立ち読みみたいな形で公開したらいいかも」とアドバイスをいただきまして。そこで今回は、食べ物にまつわる「毒」をテーマにした同人誌、『毒を喰らわば』の中から「三章:『腐敗』を喰らわば」を公開いたします。

shouyutechou.hatenablog.com

お読みいただくとわかるのですが、食中毒には「腐敗」が関わっているものがとても多いのです。この部分の知識を持つことで、予防につとめることができたり、もしくは不必要に食中毒を怖がりすぎることがなくなるのではないかと思います。

つまり、あれです。攻撃したい意図があるわけではないのであいまいな表現になりますが、食中毒を出してしまったA店があったとして、同じようなところで同じようなものを販売をしていたB店があった場合。原因が環境であるならB店のものも危ないかもしれませんが、原因がA店にある場合は、B店のものには何も問題はありません。ということが言いたいのです。

読んでいただく前に注意事項があります。

  • 今回公開するのは七章構成のうちの、真ん中の章です。言葉足らずの部分は前半で説明していたり、詳しいことを後半で話している部分もあります(〜は○P参照、みたいなのを削っています)。また、同人誌版だと専門用語を解説した用語集などもありますが、そちらは省略しております
  • 新書サイズで縦書き用に執筆したものを、空行等を入れて調整したものです。細かい部分は縦書きで読みやすいようにしているため、たとえば単位は「メートル」「キログラム」などカタカナ表記になっております。横書きでは読みにくいと感じる部分があるかもしれませんがあらかじめご了承ください(気づいたら適宜手を入れていきます)
  • これは露骨な同人誌の宣伝エントリのためのものなので、宣伝乙と言われても、そうです宣伝です! と開き直ることしかできません。全部読みたいと思いましたら、ぜひ通販などをご利用ください

ちなみに、通販はメロンブックスさんで扱ってもらっております!

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2044220

他の部分も読んでみたいな、という方はぜひお求めください。ちなみにC103(お席用意してもらいました!)にも持って行きます。

長々と説明してきましたが、もっと長い本文がこちらです。一応、目次を入れておきますので、空いた時間にちょこちょこと読んでいただけたらと思います。

 

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発酵と腐敗の違い

発酵と腐敗は紙一重

 食べられないし、食べると健康に悪い影響があるもので代表的なものに「腐ったもの」があります。食べた後にどうもお腹が痛い、もしかしたら腐っていたんじゃないだろうかという事例はたくさんありますよね。腐ったものも、人体には「毒」と言えるのです。

 では、腐ったもの=腐敗とはいったい何なのでしょうか。

 腐敗とは、微生物が増殖して食物の成分が変わり、食べられなくなる状態のことを指します。この微生物にも種類がたくさんあり、中には食物の成分を変えるけれども、食べられる状態に変化させるものもいます。こういった、人間にとって食べられる状態に変化させることを「発酵」と言います。つまり、腐敗と発酵はほとんど同じというか、作用している微生物が異なるだけなのですね。

 より正確に言いますと、人間にとって有用な変化の場合を「発酵」と言っています。ただしこの基準が非常に難しいといいますか。たとえばアルコールは、酵母という微生物が、糖分を分解することによって生じます。アルコールはお酒としてはおいしいけれども、基本的には人体に有害な「毒」なのです。ただし、アルコールは他にも工業用途やその他の用途でもで有益なため(コロナ禍では消毒用アルコールが足りないと大騒ぎにもなりました)、発酵という扱いになっています。

 もちろん腐敗も、必ずしも有害なだけというわけではありません。食物(もとは生物)が腐敗すると、その中に含まれていたさまざまな成分が分解され、いわゆる「土に還る」作用があります。そうすることで、その生物が使っていたさまざまな資源(主に窒素)を、他の生物がまた使えるようになるのです。腐敗がないと、地球上の資源はどんどん生物に吸い取られ、その生物の中に固定されてしまうことで、遠い将来には枯渇してしまうのです。腐敗によって生物が分解されることで、資源が地球に還り、また他の生物が使えるようになるため、腐敗は循環という意味では非常に大きい役割を担っているのです。したがって、腐敗もまた人間にとって有用と言えるのです。

 そのため、本書では狭義の「発酵」と「腐敗」を扱うこととします。つまり、「食べられない状態に変化」することを腐敗と呼ぶこととします。もちろんこの中には、微生物が「毒」を生成してしまうことを含んでいるのは言うまでもありません。

 そして「腐敗」してしまったものを食べてしまったとき、腹痛や嘔吐、下痢などの症状が出ます。こういった微生物などの「毒」を食べて症状が現れることを「食中毒」と言います。本章では主にこの「腐敗」と「食中毒」についてお話していきます。


微生物にも種類がある

 ここでもうひとつ、「微生物」について整理しましょう。微生物にもさまざまな種類があり、特徴も異なっています。大きく分けると「ウイルス」「細菌」「真菌」です。

 ウイルスはもっとも小さく、数十から数百ナノメートルの大きさです。ナノは10億分の1のことをあらわすので、1ナノメートルは1メートルの10億分の1の大きさですね。ウイルスは一般的なヒト細胞(10マイクロメートル)の1000分の1から100分の1ぐらいの大きさと考えてください。ウイルスの最大の特徴は、単独では増殖できないことでしょう。人などの細胞に寄生して増えます。食物の「毒」になるウイルスの代表的なものはノロウイルスです。

 細菌は単細胞生物で、大きさは1マイクロメートル(ヒト細胞の十分の一ぐらい)ほどです。人間の体内にもたくさん存在していて、皮膚、口や鼻の中、消化管や泌尿器など、外部と接するところには細菌が住み着いていると考えてください。腸内細菌が有名ですね。こういった「常在細菌(常在菌)」は体に害を与えるどころか、病原体の侵入を防ぐなどの役割を持っています。食中毒を引き起こす細菌には、大腸菌サルモネラ菌ボツリヌス菌などがあります。

 真菌とは、主に細菌とヒト細胞の中間ぐらいの大きさで、菌糸や胞子を使って増殖します。真菌は非常に幅が広く、アルコールを生み出す酵母菌も真菌ですし、キノコも真菌に入ります。そして何より、カビも真菌なのです。カビは「カビ毒」と呼ばれる毒を生み出し、さまざまな食中毒などを引き起こします。

 これらの微生物は空気中どころか、生物の内部まで含めても、至るところに存在しています。だからこそ、食物は目を離すと微生物がついて腐敗してしまうのです。ちなみに腐敗菌には細菌が多いのですが、真菌の中にも腐敗に関わるものがあります。

 

腐敗に負けない保存食

細菌や真菌が繁殖しないようにすれば食物は保存できる

 腐敗は腐敗菌と呼ばれている細菌や真菌の仕業です。ということは、これらの微生物がいなければ、食物は腐らないということでもあり、そういった工夫をしているのが「保存食」なのです。

 代表的な保存食は「瓶詰」や「缶詰」、そして「レトルト食品」でしょう。これらの中身が腐らない原理は共通していて、密封して外部から微生物が入らないようにしていることです。作り方は、まず食物を容器に密封してから加熱殺菌(加圧加熱殺菌)を行います。微生物も生物なので、生存できない温度帯があるため、その温度になるように加熱をすれば、殺菌ができるのです。そうして殺菌し、容器が密封されていて外部から空気が入り込まなければ微生物も入り込まないため、中身は無菌状態のまま保たれます。腐敗菌がいなければいつまでも腐ることなく保存ができるというわけですね。原理的には半永久的に保存することができるのです。

 ところが、現在市販されている瓶詰や缶詰やレトルト食品には賞味期限が記載されています。だとすると、時間が経てば食べられなくなってしまうのではないでしょうか。実は、この場合の賞味期限が意味するのは「腐って食べられなくなる期限」ではなく「パッケージに詰めたときと何かが変わってしまう期限」なのです。

 たとえば瓶詰の場合、透明な瓶を使って中身が見える製品があります。こういった製品では光の影響を受けるため、中が変色してしまうことがあるのです。すると、パッケージに詰めたときと現在の製品が違うということになりますよね。それでは食品表示法に反するため商品としては失格になってしまいます。ここで農林水産省の「加工食品の表示に関する共通Q&A」を引用してみましょう。

〝「賞味期限」とは、定められた方法により保存した場合において、期待されるすべての品質の 保持が十分に可能であると認められる期限を示す年月日のことです。ただし、当該期限を超えた場合であっても、これらの品質が保持されていることがあります。〟

 この「期待されるすべての品質の保持が十分」を、中身が変質したり、変色すると満たせなくなってしまうため、変化しないでいられる期間を賞味期限に設定する必要があるのです。透明な容器の場合、光で変色する可能性が高いため、色が付いていたり中身が見えないようになっているものよりも賞味期限が短く設定されます。

 また、「当該期限を超えた場合であっても、これらの品質が保持されていることがあります」の部分に注目をしてください。賞味期限は本当に食べられなくなる期限(消費期限)よりも、余裕を持って設定されます。そのため、賞味期限を多少過ぎても、品質=腐らない状態を保っているため、食べることができるものがあると言っているのです。それが腐らない工夫を凝らしてある保存食だったら、食べられる可能性は高いと言えるでしょう。ただし、メーカーとしては当然ながら、万が一の事故が起きるといけないので、賞味期限切れの食品を食べることを推奨していません。

 したがって、もし手元の保存食の賞味期限が過ぎてしまっても、味わいや見た目は変わっているかもしれませんが、少なくとも腐るなどの「毒」は入っていないので食べることができるのです。 もちろん、容器に破損があったりした場合はその隙間から腐敗菌が入り込んで腐ってしまう可能性があるので話は別ですが、無傷のものは相当の年月食べることができると思うといいでしょう。特に容器が金属である缶詰はかなりの長期間食べられるものが多く、たとえば魚系の缶詰では、缶詰業界では「缶熟」と言われている、製造から長い時間が経った方がおいしくなる現象が起きます。缶詰には魚の身だけでなく調味液を入れて密封しているので、時間が経った方が調味液が身とよくなじむのです。


山崎パンのパンは腐らない?

 こういった腐敗の原理などは、主にフランスの化学者パスツールによって発見されました。加熱殺菌法のことを「パスチャライゼーション(パストリゼーション)」と呼ぶのも、パスツールがワインの殺菌法として導入したからです。そして、ここまで「腐敗」の原理がわかっているのですから、市販されている食品は、腐敗しないような工夫をすることができるし、されているのです。

 よくインターネットなどで定期的に炎上するのが、「山崎パンのパンと家で焼いたパンを同じ環境に並べると、家のパンはすぐカビるのに山崎パンのはなかなかカビが生えない! これは山崎パンの中に毒物が入っているからに違いない!」という風説です。これは本当なのでしょうか?

 山崎パンなどの大手食品会社は、まず一般家庭とは比べものにならないぐらい菌のいない環境を、消毒や気密や空調などを駆使して作りあげています。外から入ってくる菌が問題なのであれば、菌のいない空間を作り、そこで作業をすれば腐らないという理屈ですね。さらに使用する機器なども 消毒を徹底しているのです。その中で密封するのですから、パンの表面には菌はほとんどついていませんし、容器の中の空気にもほとんど含まれていないことになります。そのため、なかなかパンが腐らなくなるのです。もちろん、缶詰や瓶詰などとはパッケージの性能が違うため、ずーっと腐らないというわけではありません。賞味期限は守るようにしましょう。

 以上のことからわかるように、同じ環境に置いたとしても、山崎パンのパンに含まれている腐敗菌の数が、家庭で作られたパンとは大違いなのです。いくら清潔にしているといっても、家庭で作ると腐敗菌がつきますし、少量でも中でどんどん増えていくため、家庭用のパンは先に腐ってしまいます。逆にいうと、家庭で焼くパンでも、山崎パンの工場並の環境で作れば、なかなか腐らないものに仕上がるのです。


塩漬けはどういう原理で保存が利くのか

 伝統的な保存食に「○○漬け」があります。中でも有名なのは塩漬けでしょう。これはどういう原理で腐敗菌を退治しているのでしょうか。

 実は、厳密に言うと塩そのものに殺菌力があるわけではありません。ただし、塩は水に溶けますよね。そこが殺菌につながっているのです。

 もう少し詳しく説明しましょう。「浸透圧」という言葉があります。濃度が違う二つの液体を、半透膜(水は通すけれども水に溶けている砂糖などは通さない)の膜で仕切った際に、濃度を一定に保とうとして水分が濃度の薄い方から濃い方へと移動する圧力です。濃い液体と薄い液体を混ぜると、濃さが中間になりますよね。このとき、薄い液体が濃い液体へ移動をしていると考えてください。その間に、水しか通さない膜を置くと、水だけが移動するというわけです。

 これがどのように菌と関係するのでしょうか。実は、菌が塩にくっつくと、菌の中の水分が、細胞膜(半透膜)を通過して塩(濃い方)へと移動するのです。菌も生物なので、生きていくのには水が必要です。体から大部分の水を失ってしまうと脱水症状を起こし、死んでしまうのです。したがって、塩の上では菌は生きていけない=殺菌につながるというわけです。

 というわけで、塩に漬けたものは、塩分濃度が十分に高ければ、外部から菌が入って繁殖することがない=腐敗菌が育たないので腐らないのです。

 同様に、干物が腐らないのも、塩漬けにして菌が繁殖しないようにし、なおかつ最適な温度と湿度で干すことによって中の水分を抜くことで、腐敗菌が育たないようにしているのです。これも「毒」を回避するための人類の知恵ですね。

 

寒くても菌は生きていけない

 また、温度が低くても菌は活動できなくなります。我々が寒さで動けなくなるのと同じような理屈です。冷蔵庫や冷凍庫に入れたものの保存が利くのも、腐敗菌の活動がゆるやかになるため、腐るまで時間がかかるためです。ただし、あくまで活動をゆるやかにするだけで、完全に止まるわけではありません。そのため冷蔵庫に入れていても、あまりに長期間だと腐ってしまうのです。

 冷凍庫ではもっと低い温度になります。ただし、家庭用の冷凍庫では、マイナス18°Cぐらいの環境のため、細菌が死滅する温度ではありません。冷蔵庫よりも長い期間、保存ができると考えるぐらいがいいでしょう。


調理しても消えないカビの毒

日本はカビがとても多い

 日本は高温多湿なため、カビの生育にとても適しています。むしろ、それを利用して、醤油や味噌などを麹菌(麹カビ)で造っているほど。それだけカビに親しんできているし、またカビ対策を続けてきていると言っても過言ではありません。本項では、そんなカビについて一度まとめ、食物にどのような影響を及ぼしてきたのかをお話します。

そもそもカビとは何なのか

 カビというのは俗称です。真菌類はさまざまな種類(菌類)に分かれているのですが、その中の「食品などの上で増えて肉眼で見えるようになる種類」のことをカビと呼んでいるのです。したがって、同じ真菌であっても、キノコは食品の上で増えないため、カビとは呼びません。

 カビは糸のような「菌糸」と、細かい「胞子」から成り立ちます。菌糸はどんどん枝分かれをしながら増えていき、集合したものを「菌糸体」といいます。

 胞子は増殖に用いられています。胞子は増殖するのに適した環境におかれると、二〜三日で目に見える形になり菌糸を伸ばして増えていくのです。一週間もするとその育ったカビが胞子を飛ばし、さらにその胞子が飛んだ先で増殖し......と繰り返して広がっていきます。

 カビに適した環境とは「栄養源」「水分」「温度」「酸素」が十分にあることです。

 カビがもっとも好む栄養源はお餅やパン、お菓子などのでんぷんや糖分を含んだ食品です。これらはカビが生えやすいので注意が必要になります。ただし、食品だけでなく、プラスチックやペンキの成分、さらには人の垢などまでも栄養源にして成長するのが厄介なところです。

 カビも生物ですから水分は必要ですが、ほんのわずかな水分でも成長できます。実は、微生物の中でもっとも水分が少なくても生育できるのです。湿度は70%前後、水分含有量15%ほどあれば繁殖できてしまいます。それ以下の、水分含有量が10%近くになるとさすがに生存できないため、カビを防ぐ保存食は水分10%以下にする必要があります。

 温度に関しては、25〜30°Cでもっとも良く育ちます。15°C以下、もしくは40°C以上になると増殖率が低下するので、カビを生やさないためにはその温度で保管することが重要です。60°Cで10分から15分で死滅するのですが、胞子の中にはこの温度でも生き延びるものがあるため、加熱だけで殺菌をすることは非常に難しかったりもします。

 そして重要なのが酸素です。カビは酸素がなければ生きてはいけません。酸素濃度を1%以下にするとほとんど育たなくなります。お菓子などのパッケージに脱酸素剤が入っているのは、カビ対策でもあるのです。また、二酸化炭素や窒素ガスでガス充填包装をするのも、酸素濃度を低めてカビを生育しにくくなる効果があります。


カビの毒をマイコトキシンという

 カビは種類も多く、そしてカビが生成する毒も300種類以上はあります。これらのカビ毒の総称が「マイコトキシン」です。

 カビ毒は、その多くが熱に強いことを覚えておきましょう。通常の加熱(100°Cから210°C)を 一時間しても、完全に分解されません。そのため、一度カビが生えてしまうと致命的になってしま います。対抗するには薬品を使うしかないと思いましょう。つまり、カビに対して有効なアルカリ剤などで殺菌が必要なのです。この目的で食品に加えるものに「食品添加物」があります。食品添加物はカビ対策に必要でもあるのですね。食品添加物に関しては、後の章でまた詳しく取り上げます。

 代表的なカビ毒を紹介しましょう。「アフラトキシン」は天然に存在する中で、もっとも発ガン性の強いカビ毒です。アスペルギルス・フラバスというコウジカビによって生み出されます。日本では毒性があるほどの量が食品から検出されたことはないのですが、タイやフィリピン、南アフリカケニア、インド、イギリスなどで食中毒事件を起こしています。

 余談ですが、漫画『もやしもん』(石川雅之/講談社)の人気キャラ(?)「オリゼー」はアスペルギルス・フラバスの近縁種であるアスペルギルス・オリゼーです。日本酒造りなどには欠かせないコウジカビ(麹菌)なのですが、フラバスと似ているため、アフラトキシンを生成するのではと世界中から疑われて使用を禁じられそうになったことがありました。もちろん、異なる種であり、アスペルギルス・オリゼーはアフラトキシンを生成しないことが証明されているので、使用しても問題ありません。一説には、アスペルギルス・フラバスが突然変異を起こし、アフラトキシンを生成しないタイプのものが登場した際に、日本人がそれを育てて家畜化し、アスペルギルス・オリゼーになったと言われています。

 「オクラトキシン」はアスペルギルス・オクラセウスというカビが生み出すカビ毒です。腎臓と肝臓にダメージを与え、ガンを発生させるという非常に強力な毒です。このカビは主に豆類や麦類で 生育されるため、日本でもハトムギ、ライムギ、そば粉、小豆などから検出されたことがあります。

 「デオキシニバレノール」や「ニバレノール」は赤カビと呼ばれる、フザリウム属のカビが生み出 す毒です。フザリウム属はその色から「赤カビ」と呼ばれていて、日本では主に麦やトウモロコシで生息します。

 

「発酵」を行うカビを有効活用する食品

 先ほどのアスペルギルス・オリゼーの話のように、近縁種でほぼ構造が同じでも、アスペルギルス・フラバスはアフラトキシンという毒を生成するので「腐敗」を行い、アスペルギルス・オリゼーは糖化という、でんぷんを糖に分解する「発酵」を行います。くり返しになりますが、人間にとって不利益をもたらすものを「腐敗」と言い、利益をもたらすものを「発酵」と呼んでいるのです。

 人に利益をもたらすのはアスペルギルス・オリゼーのようなコウジカビだけではありません。ペニシリウム属に属する「アオカビ」は、ゴルゴンゾーラロックフォールなど、代表的なチーズの製造に用いられています。いわゆるブルーチーズを造るカビです。また、同じくチーズに使われる白カビも、生物学的にはアオカビ属(ペニシリウム属)に属しています。

 これらのカビがチーズにどのように役にたっているかというと、白カビはタンパク質を分解してアミノ酸を、アオカビは脂質を分解して脂肪酸を生み出します。チーズの原材料である牛乳にはタンパク質も脂質も豊富に含まれていますので、これらのカビを使って分解することで、香りや食感を生み出しているのです。

 ちなみにチーズで役立つペニシリウム属ですが、パンやお餅などについて繁殖して腐敗させるアオカビと同じものだったりします。チーズに含まれているタンパク質やアンモニアなどの力か、低温熟成の環境のおかげか、チーズについたときだけカビが不安定になり、毒素を生み出さなくなるのです。これも一種の毒抜きと言えるかもしれませんね。

 カツオ節もカビをうまく使った発酵食品です。カツオ節はカツオの身を乾燥させたものですが、その工程でカビを使っているのですね。カツオの身を切りだし、煮て(煮熟と言います)、骨などを処理したら焙乾という作業で燻製にし、水分を抜きます。そのあとに表面を軽く削り、全体にカビをつけるのです。

 ここで用いられるカビはカワキコウジカビ、学名はユーロチウム・ハーバリオラムといいます。他のカビに比べても乾燥したところで生育できる上にカビ毒を発生させないので、カツオ節作りに 最適なのです。カツオ節についたカビは乾燥に強いとはいえ、生物であるので水分がないと生きていけません。そこで、菌糸などを用いて、カツオの身に残ったわずかな水分を吸い上げます。そうすることで、自然乾燥では抜けない箇所の水分を抜くことができるのです。さらに、カツオに含まれている脂肪分を分解することも行います。

 本格的なカツオ節になるとカビをブラシで払い落とし、天日で干し、またカビをつけ、ブラシで払い落として天日で干し......という作業を3〜6回繰り返します。そうしてできあがった最高級のカツオ節「本枯節」は水分含有量が12〜15%ほどになり、カツオ節同士をたたき合わせるとキーンと澄んだ音がするほど硬くなり、だしを引くと脂がない澄んだ透明なだしになるのです。

 このように、食品の役に立つ、食品作りに欠かせない発酵を行うものも、カビにはあるのです。

 

ウイルスは食中毒の原因の大半を占めている

年間の食中毒患者のほぼ半数はウイルスが原因

 ウイルスというと、どうしても「毒」というよりは病気を連想してしまうかもしれません。2020年より世界中で大流行している新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)はウイルスが原因で、今なお被害をもたらしています。

 実は、食物を食べて「毒」を摂取して体調を崩す、つまり食中毒において、年間患者数の46%は ウイルスが原因で食中毒になってしまった人なのです(厚生労働省「食中毒統計」平成29〜令和3年の平均より)。そのウイルスこそが「ノロウイルス」です。

 

ノロウイルスは加熱で対処が基本

 ノロウイルスは感染力が非常に強く、そして大規模な食中毒になりやすいという特徴を持っています。そして低温や乾燥を好むため、冬になると爆発的に広まります。食中毒は暑くて食物が腐りやすい夏に多いようなイメージがあるかもしれませんが、ノロウイルスのシーズンである冬がもっとも多いのです。

 ノロウイルスは基本的には経口感染によって広まります。ウイルスを含んだ食品を食べてしまう他、ウイルスのついた手で触ったものを食べたり、ウイルスの含まれた吐瀉物などが乾燥し、その粉末が空気中に舞いあがったものを吸い込んでしまったりして感染するのです。感染力は非常に強く、体内にわずか10〜100個ほど入っただけでも感染することがあります。

 ノロウイルスは低温や乾燥を好むので、体内だけでなく、外でもしばらくの間生きていくことができます。そのため、吐瀉物や糞便などで体外に出ても、生存し続けているのですね。ということは、感染してしまった人を介抱する際や、感染してしまった人の出した汚物を処理する際などにウイルスが手につき、そこから感染することもあります。手には直接つかなくても、服などにつき、 その服を触った手が口へ行き、感染することもあるのです。また、ウイルスを持った食材を調理する際に使用した包丁やまな板にも付着するため、それらを消毒せずに別の食材を調理すると、そちらの料理にもウイルスが入り込むという事態を招くのです。そうして、大規模な食中毒を引き起こしてしまうのです。

 ノロウイルスは人の体に感染した際に、何らかの毒素を生み出すというわけではありません。ウイルスそのものが「毒」として活動するのです。体内に入ったノロウイルスは小腸(十二指腸でも)で増殖し、吐き気や嘔吐、下痢などを引き起こします。ひどくなると腹痛、頭痛、発熱、悪寒、筋肉痛、咽喉痛、けん怠感なども加わることもあります。吐瀉物等には前述の通りウイルスがまだ生きているため、感染した人のこういった汚物を処理する際に服などに付き、そこから手などを経て経口感染するケースもあります。対策としては、とにかく手洗いを徹底することが何よりも重要なのです。

 食物に含まれる場合は、二枚貝などが感染源となります。感染した人から排泄された糞便や吐瀉物は下水によって汚水処理場で浄化処理をされるのですが、ウイルスはあまりに小さいため、この 処理をかいくぐって河川に排出されることがあるのです。そうしてウイルスが海まで運ばれ、それを貝が吸い込み、体内で増殖するのと新たに吸い込んだものとで数が増えて(生物濃縮)、食べた人が感染します。「当たる」ことで有名な牡蠣の食あたりの原因は「ノロウイルス」「腸炎ビブリオ」「貝毒」「アレルギー」があるのですが、中でもノロウイルスに感染することが圧倒的に多いのです。そのため、生食用の牡蠣はノロウイルスがいない海に運び、ウイルスを排出させてから出荷されています。また、2023年には、3年後の商品化を目指し、ウイルスのいない海洋深層水で陸上養殖した牡蠣が発表されました。完全に「当たらない」牡蠣もほどなく食卓に並ぶかもしれません。

 ノロウイルスは健康に大きな影響を与えるという意味では「毒」ではありますが、直接「毒素」を生成するわけではありません。したがって、ノロウイルスの食中毒に対処するためには何らかの方法で死滅させてしまえばいいのです。というわけで、火を通せばノロウイルスに感染することはほぼなくなります。具体的には85°C以上で一分以上(90秒以上が望ましい)加熱することで、死滅させることができます。

 外に出たノロウイルスは、アルコールに耐性を持つため、アルコール消毒では対処できません。主に次亜塩素酸ナトリウムを薄めた「塩素消毒液」を使って消毒する必要があります。

 ノロウイルスの流行している冬場は特に、火が通っていない生の貝を食べることはなるべく避け、貝類は火を通し、食事の前に手洗いは徹底するということで、だいぶ予防することができます。しっかり気をつけて、ウイルスの「毒」を避けましょう。

 

その他の食中毒を引き起こす原因

寄生虫由来の食中毒はアニサキスが大半

 微生物と呼ぶには大きすぎるので、「腐敗」ではないのですが、食中毒を引き起こすものに寄生虫があります。

 もっとも有名なのは「アニサキス」による食中毒でしょう。線虫の一種で、幼虫は長さ2〜3センチメートル、幅は0.5〜1ミリメートルほどの、少し太い白糸のようにも見えます。この幼虫はサバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどの魚介類の内臓に寄生していて、宿主が死亡すると、内臓から筋肉に移動します。そして身(筋肉)に潜んでいることに気づかず、人が食べると、胃や腸内で活動を開始し、胃壁や腸壁に食いつくのです。激しい痛みや悪心、嘔吐を生じさせる「アニサキス症」を引き起こすのです。

 対処方法は、胃カメラ内視鏡などで見ながら丁寧に取り除いていくしかありません。そもそも胃で活動しているということは、胃液で死なないため、なかなか薬などで対処ができないのです。そのため、生の魚を食べてお腹が痛くなったりしたら、すぐに病院へ行くようにしましょう。

 アニサキスは意外と強く、「よく噛めばアニサキスも噛みちぎれるので大丈夫」というわけでは絶対にありません。弾力があるため、噛んでもなかなか退治できないのです。包丁では切れますので、魚を薄めに切ったり飾り包丁を入れることで、感染リスクは減らすことができます。

 また、微生物には有効な、酢で処理をすることや、塩漬け、醤油やわさびなどにつけても死滅しません。つまり、シメサバにすれば大丈夫というのは迷信なのです。現在もっとも有効なのは冷凍することと加熱すること。マイナス20°Cで24時間以上冷却すれば死滅することが知られています。また、70°C以上で加熱をしたり、60°Cなら1分以上加熱をすることでも死滅します。したがって、刺身を食べるのなら、一度冷凍したものを食べるようにすれば、かなり安全です。ただし、家庭用の冷凍庫でマイナス20°Cを24時間という条件を満たすのはほぼ不可能なので、釣った魚を冷凍庫に入れて一晩経てば安全というわけではありません。業務用の冷凍庫で冷凍され、流通したものは安全と考えるといいでしょう。

 他には、新鮮なうちに内臓を取り除く、ということが重要です。宿主が死んでから、内臓から筋肉へと移動するので、逆に言えば死んでから時間が経っていなければ、まだ移動前といえるのです。

 あとは、目視で取り除くことも重要です。白く細長く小さいためになかなか見えにくいのですが、ブラックライトで照らすと白く発光することがわかったので、これを利用して取り除く人もいます。 また、最近では電気ショックでアニサキスを殺虫する装置の研究も進んでいるので、実用化して広まれば、より安全に生の魚を食べられるようになるでしょう。

 なお、九州の一部ではサバやイカを生のまま食べる習慣があります。これはアニサキスがいないからというわけではなく、太平洋側と日本海側のアニサキスの種類が異なることからきています。 太平洋側の魚に寄生している「アニサキスシンプレックス・センス・ストリクト」という種は宿主が死ぬとすぐに筋肉へと移動します。一方で日本海側の魚に寄生している「アニサキス・ピグレフィー」という種は宿主が死んでも寄生部位である内臓から動かないことが多いのです。

 そういう理由で、西日本の日本海側ではサバを生で食べる風習がありました。内臓から動かない=身にはアニサキスがいないので、食べても大丈夫ということですね。ですが、もちろんこれは完全な対処方法ではありません。生で食べる習慣がある福岡県でも、アニサキスによる食中毒は毎年発生しているのです。実際に食べるときは、十分に気をつけるようにしましょう。


アレルギーのような症状を引き起こす食中毒もある

 食中毒の中には、アレルギー様の食中毒もあります。アレルギー「さま」ではなく、アレルギー「よう」と読み、アレルギーのような症状を引き起こす、という意味合いです。顔が赤くなったり、じんましんが出たりと、食物アレルギーとよく似ている症状が出るのです。

 この症状を起こすのは「ヒスタミン」という物質です。魚の筋肉中にはヒスチジンというアミノ酸があるのですが、これを「ヒスタミン生成菌」が分解すると、ヒスタミンが生じるのです。ヒスタミン生成菌は常温で放置をすることで増殖します。つまり、魚を常温で保管しているとヒスタミンが増え、食べるとアレルギーのような症状になるのです。

 ヒスタミンは熱に強いため、加熱をしても破壊できません。とにかく常温にしないことが一番の対処方法と言えるでしょう。生成させないことが重要というわけです。

 なお、実際に症状が出る場合は、本当にアレルギーの場合があります。魚の場合は、アニサキスによってアレルギーになることもあるのです。症状が出た場合はただちに病院へ行きましょう。

 

最強の毒を持つボツリヌス菌

最強の毒「ボツリヌストキシン

 食中毒を引き起こす毒の中で、もっとも強力なものは何でしょうか。答えは、ボツリヌス菌が生成する毒である「ボツリヌストキシン」です。致死量は体重1キログラムあたり0.3ナノグラムです。1ナノグラムが10億分の1グラムですから、0.3ナノグラムというと、100億分の3グラムという、ものすごい少量で死んでしまうのです。計算上は、500グラムのボツリヌストキシンがあれば、地球上の全人類を殺すことができるともいわれています。実は、食中毒に関係なく、自然界に存在する中でもっとも強力な毒と言われているのがこのボツリヌストキシンなのです。

 ボツリヌストキシンは神経に作用する毒で、筋力を低下させ、麻痺させます。呼吸に使う筋肉も麻痺するため、呼吸ができなくなり、あっという間に死に至るのです。


自然界に存在するボツリヌス菌

 ボツリヌス菌は、土の中で「芽胞」という状態で存在しています。これは休眠状態で、何も活動をしていません。そして何より加熱にも強く、100°C以上で十分間加熱しても完全に殺すことができないのです。むしろ、中途半端に加熱すると休眠状態から覚めて、活動を開始し、ボツリヌストキシンをたくさん作られてしまうのです。

 食材についた土をよく洗わなかったり、土で汚れた手で調理をすると、料理にボツリヌス菌が混入してしまう可能性があります。一度料理に入ったボツリヌス菌を退治することはかなり大変です。嫌気性菌のため、サランラップやタッパーウェアなどでしっかり密封しても、逆に中毒の危険性を増大させてしまうのです。

 ボツリヌス菌は肉類で増えることが多く、名前もラテン語のbotulus(腸詰め、ソーセージの意味)からとられています。ヨーロッパなどではソーセージやハムが食中毒の原因になることが多かったのですね。日本では、魚肉が原因になることが多くなっています。


ボツリヌス菌は強いが毒は弱い?

 ボツリヌス菌を死滅させるのは大変ですが、幸いなことに「ボツリヌストキシン」は対処ができます。この毒は熱に弱いため、内部温度が85°C以上で5分以上加熱することで毒性を失うのです。 ということは、食べる前にしっかりと加熱をすれば、菌は生きていたとしても、毒が無いため無事というわけです。

 でも体内で菌が活動したらダメではないかと思われるかもしれません。少数であるならば、ボツリヌス菌は体内の常在菌(大腸菌など)によって退治されるので問題は生じないのです。

 ただし、一歳未満の乳児は話が別です。離乳食等により、腸内環境が整っていないため、外から入り込んだボツリヌス菌を退治できないのです。

 昔は離乳食として使われていたハチミツが今はダメと言われているのはここにあります。ハチミツは蜂が集めてくるのですから、ボツリヌス菌の芽胞が混在することがあるのです。毒素を出していなければ一時的には食べても大丈夫ですが、乳児はボツリヌス菌を退治できないため、体内に定着し、毒素を作られ、症状が起きてしまうというわけです。近年でも、2017年に乳児ボツリヌス症の死亡例が出ています。


医療や美容にもつかわれている

 ボツリヌストキシンは非常に強力な毒なのですが、神経に作用するところに注目をし、医療用途や美容用途に使われることが増えてきました。

 神経を麻痺させて動かなくするということは、筋肉が強ばれない、弛緩してしまうということで もあります。これを利用し、ボツリヌストキシンを有効成分にした薬を筋肉内に注射することで、筋肉をやわらかくし、リハビリテーションをしやすくすることができるのです。また、まぶたけいれんや、顔面けいれんなど、筋肉が原因と思われる症状にも有効です。ちなみに実際に治療に使っている方にお話を伺ったことがあるのですが、この注射は大変痛いそうです。

 美容用途では、同じく筋肉を弛緩させる作用に注目をし、目尻や額、眉間などの表情ジワを改善したり、それによる若返り効果を狙ったり、小顔治療などのプチ整形にも使用されています。最強の毒素も使いようによっては薬のように役立つというのは、面白いですね。

 

 腐敗を喰らわば。腐敗は「毒」なので食べられません。腐敗の対処方法も種類によって異なりますので、正確な知識は重要です。腐敗ではなく、発酵を喰らうようにしましょう。

 

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というわけで三章は以上です! ここまでお読みいただいてありがとうございました!

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