醤油手帖

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「日本人が知らない「激安お酒」のヤバすぎる裏側」を話す前に知識をアップデートした方がいい

前回の記事は、思っていた以上の皆様に読んでいただけたようです。ありがとうございます!

shouyutechou.hatenablog.com

というわけで、第二回をやっていきます。

第二回の元記事はこちらですね。

toyokeizai.net

ここもまあ、あれでして。

元記事が短いのでそんなに多くはないのですが、例によって例のごとくツッコミを入れていきます。

 

日本人が知らない「激安お酒」のヤバすぎる裏側、を問題視する

2ページ目のツッコミどころ

じっくり時間をかけて発酵させることで甘味、酸味、辛味など、日本酒の複雑で深い味わいが醸成されます。

うーん、何といいましょうか。厳密では間違いではないかもしれないんですが、正確ではないということで一応。

それは日本酒に「辛味」があるか、ということです。

辛口の日本酒、なんて表現があるのですが、日本酒には唐辛子などを入れているわけではありません。現在主に使われているような辞書的な意味での「辛味」は存在しないんですよ。(ものすごく厳密にいうと「辛み」であり、味の字はあとから当て字として混ざったとかそういう話もあったりするんですがそれは割愛します)

辛味は味覚ではなくて、舌などに刺激がある痛覚に近いものだ、という話はよく知られていると思います。いわゆる辛味成分(唐辛子のカプサイシンなど)が、そういった刺激物質です。

そして日本酒にはこういう辛味成分が含まれていないんです。発酵によっても生み出されません。

じゃあ日本酒の辛口というのは何なのかというと、これがまた大変長いお話になるので、おおざっぱに言いますと「甘くない日本酒」や「後味にキレがある日本酒」を「辛口」と呼ぶことが多いと考えればいいでしょう。

まあ、自分にとってはアルコールの刺激が大変きつくて辛味と感じるんだと強弁されれば、まあ個人の感じ方だしそれはそうなのかも……とはなりますが、辛味が発酵で醸成されることはないんです。

醸造アルコール」を添加した酒は「普通酒」「一般清酒」とも呼ばれます。私たち業界人は「アル添(酒)」などと呼んでいます。

アル添と呼ぶことは呼びますが、普通酒」や「一般清酒」とは呼びません。ここは明確に間違えているポイントです。

このあとの第三回で著者自身も少し触れていますが、日本酒はものすごく大きくカテゴライズをすると「普通酒」と「特定名称酒」に分けることができます。

特定名称酒というのは「定められた基準を満たしている材料や製法で造られているお酒」です。ようするに、材料も吟味していますし、製法も特別なものだったり手間暇かかっているんですよ、というお酒ですね。ちなみに、著者が同じページで挙げている「純米酒」も「特定名称酒」です。きちんと規格が定められているものなのです。

逆に言いますと、特定名称酒のような特別な手間暇をかけたお酒以外は普通酒なんです。少し乱暴ではありますが、普通酒には明確な法律上の基準があるわけではなく、特定名称酒以外はすべて普通酒と考えればいいでしょう。「普通酒」という言葉も通称ですし、「一般酒」「一般清酒」と言われることもあります。

つまり、純米の中にも普通酒はたくさんあるんです。いわゆる地酒を扱っている酒屋さんではなくてスーパーなどに行ってみると、「米だけの酒」に二種類あることに気づくと思います。「米だけの酒 純米酒」と「米だけの酒(純米酒の規格に該当しません)」です。後者は普通酒なんですね。

お米だけを使っているのに純米酒の規格に合わないというのはどういうことなのかと疑問に思われる方もいると思います。たとえば純米酒だけでなく、特定名称酒にするためなら、使うお米を農産物検査で3等以上に格付けされたものを使わなければなりません。

逆に言うと、その規格から外れてしまったもの(これを等外米と言います)を使うと、純米酒と名乗れないのです。また、麹の使用割合が低い(15%未満)ものも普通酒となります。お米か麹のどちらかで、規格に該当していないのでしょう。

該当しているのに「米だけの酒 純米酒」と言っているのはなぜなのかというと、実は純米酒の規格は昔はもっと厳しかったのが、2004年に緩和されたことに要因があります。緩和前は規格を満たせなかったので「米だけの酒」としていて、緩和後は規格を満たせるようになった。でも、消費者に馴染みのある名前を残そうということで「米だけの酒」を前に出しているお酒もある、というわけです。

そういうわけで、アルコールを添加しているかしていないかは、普通酒にはまっったく関係ありません。

今、日本酒で最も多く出回っているのが、この「アル添酒」です。みなさんもご自宅にある酒のラベルを見てみてください。

ここはすごく微妙な話ではあります。

まず、普通酒の方が圧倒的に出回っているのは間違いありません。普通酒7割、特定名称酒3割ぐらいです。近年では徐々に普通酒の売り上げが減っているので、特定名称酒の割合が増えてきているけれども、大まかにいうとこのぐらいです。

そして普通酒の中ではアル添のお酒はとても多いです。正確な割合は知らないのですが、アル添の方が多いのは間違いありません。なので、もっとも多く出回っているのがアル添酒という言説は間違いではないのです。

じゃあなぜ微妙かと言いますと。

特定名称酒の中では、純米がどんどん売上を伸ばしていっているからなんですね。

人気の出ているお酒には純米酒が多い、ということから「出回っているお酒でアル添が多い」という言説に、ちょっとした違和感を持つ人もいるかもしれないと思ってのツッコミでした。まあ、ここは元記事が間違っているというわけではありません。

3〜4ページ目のツッコミどころ

さて。問題の箇所です。本題でもあります。

この「醸造アルコール」を使えば、「1本の純米酒」から「3本の酒」を作り上げることも簡単です。これが「3倍増」という作り方で、作り方は以下の通りです。

ここが「知識が古い」というところです。

3倍増、まあいわゆる「三倍増醸酒」、略して「三増酒」なんですが、現在は存在しません。

2006年の酒税法の改定によって、造ることが根本的にできなくなったんです。副原料の使用は白米重量の50%以下までとされたので、3倍に増えるぐらいの醸造アルコール(副原料)を加えられなくなったんですね。

というわけで2006年以降は三倍増醸酒を造ると、「清酒(日本酒)」としては認められず「リキュール(※)」扱いとなっております。できて二倍ぐらいまででしょうか。それでもギリギリまで醸造アルコールを入れているところはほとんどなかったりします。

(※)最初「リキュール類」と書いちゃっていました。ご指摘があったのですが、現在は「リキュール」ですので訂正しておきます。申し訳ありません。こういうことを言っておきながらミスが出る一番恥ずかしいパターン!

 

3倍増というのは、戦後間もないころから生産されるようになった「三倍増醸酒」のことが念頭にあったのだとは思いますが、少なくとも2006年よりも前の知識でしか語っておられないんですね。

著者の方は1951年生まれということで、おそらく2006年には食品専門商社でのお仕事を辞められていたのでしょう。そこからまったく知識がアップデートされていないまま語っているというわけです。さすがに法律の話ですし、今から17年以上前の話ですし、知らないで講演活動とかやっちゃうとまずいですヨ! こっそり勉強しときまショ!

要は、「醸造アルコール」も使い方次第で、たんに「カサ増し」のために使われることで、日本酒本来の味が損なわれることが問題なのです。

醸造アルコールは使い方次第というのは本当です。

ただ、それこそ三増酒も一概には悪者にはできないんですね。

以下は最後のツッコミというか単なる歴史の話だし、蛇足だしで興味のない人はスルーしてください。

 

終戦直後の食糧難のときに三増酒が造られたという話は多くの人が知っていると思いますが、そこには国の思惑も入っていたりするのです。

戦後は何が難しかったというと、原材料であるお米がなかったし、さらに杜氏や蔵人が戦争にかり出されて戦死した方も多かったため、根本的に人手が足りなかったのです。そんな状態でお酒を造れるわけがありません。

そこに、戦争に出ていた兵士が復員してきました。まあ、兵士の大半はお酒を飲める年齢の男性でありますので、お酒の需要が一気に高まります。需要が増えても供給ができない。だとすると、闇市しかありません。

かくして闇市で密造酒が横行するようになりました。いわゆる「メチル」「カストリ(粕取り焼酎とは異なるものです)」「バクダン」です。これらは飲めたものではないというか、失明の危険性があったり死亡率が高かったりするんですが、それでもお酒を欲する人が多かった時代でした。

さらに政府にとって、酒税は主要な収入源だったというのもあります。多いときは税収の三分の一が酒税だったぐらいですから、国民の健康を損ねる上に税収が減る密造酒の横行はたまったものじゃありません。

というわけでお酒を増産しろと言うものの、経験者がのきなみ死んでいたりするわけですから酒造りもうまくいかないわけです。腐造が相次いだりもしてしまいます。そこで国がなんとかしようと考えて、三増酒の技術を開発。添加用の醸造アルコールを大量に配給して各地で三増酒を造らせたのです。そうして密造酒を排除して、税収を蘇らせようとしたのですね。

そして、造り手側にもメリットがないわけではありませんでした。カサ増ししてお金儲けができるというわけじゃなく、途絶えてしまった酒造りの技術の復活です。

もろみの中にたくさんの醸造アルコールが入るということは、確かに味が薄まるということでもあります。ということは逆に、多少お酒造りに失敗しても誤魔化せるということでもあるのです。

そうしてお酒造りに関する経験をのびのびたくさん積むことができたことが、現在の日本酒造りにもつながる技術力の復権にもつながったとも言えるのですね。(もちろんこれだけが全てではありません。念のため)

飲み手側としては……やはり、失明しない。飲んだだけでは死なないというのがメリットでしょう。いやほんと、そういう時代だったというわけです。なので、三増酒は確かによろしくないものではあるんですが、時代背景的には100%悪者じゃないんですよ、という話でした。

 

ちなみに現在の形での純米酒を最初に造ったのは、京都の玉乃光酒造だと言われています。1964年(昭和39年)に「無添加清酒」を販売開始したのですね。もちろん、純米酒と呼ばれるのにふさわしいお酒は戦前にも造られていたとは思いますが、戦争でいったん全てが途切れて、また純米酒が復活するまでにこれだけの時間がかかったというわけです。

続きは第三回の分へ。

続きです。

shouyutechou.hatenablog.com

 

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