醤油手帖

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日本酒「"添加物"で伝統的造り方が減少」していると嘆く人は、山廃を飲まない方がいい

東洋経済ONLINEに2月11日より掲載されている、『食品の裏側』著者である安部司さんの日本酒記事が、非常に悪い意味で話題になっております。

ここから3回分あるのかな

toyokeizai.net

『悪い意味で』と言っているのは、間違いが非常に多く、また一見すると合っているように見える意見でも、著者の思い込みだけの話であったり、知識が古いということが多いためです。

著者の方は、第二回のところで

「昔ながらのじっくり発酵させた酒がうまい」という私の意見に賛同してくれる声も多かった一方で、酒を速く作る技法である「速醸派」からはお叱りの声もいただきました。

繰り返しになりますが、あくまで酒は嗜好品です。

あくまで私の見解、昭和の古オヤジの一意見として受け止めていただければと思います。

と仰っているので、おそらく自分の知識が古い(アップデートできていない部分がある)ということに気づいておられないのでしょう。

もしくは、知っていて「あえて」食品の裏側を書くという著書の主張のためだったり、添加物を悪者としたいがために、このように書いているのではないでしょうか。

というわけで、ツッコミを入れていきたいと思います。かなり長くなってしまったので、目次をつけて二回目以降は後日に回します。

日本酒「"添加物"で伝統的造り方が減少」は問題か、を問題視する

1ページ目のツッコミどころ

まず、冒頭から、ここはどうでもいいかるーいツッコミです。

もうひとつは「高級酒」が売れていることです。1合2000円とか3000円とかいう高価なお酒がバンバン売れる店も増えています。

私たち昭和のオジサン軍団は1合700円とか、せいぜい1000円の酒を飲んできたけれど、今時は安い酒はかえって不人気です

「売れる」という言葉を使っているのでややこしいのですが、これは酒屋さんなどの酒販店で「四合瓶」や「一升瓶」として売られている日本酒ではなく、居酒屋などのお店で飲む場合のことなのでしょう。

その時点で、お店側がつける値段は原価率が異なったり、場所代やその他もろもろが加味されるので、昭和のオジサン軍団が飲むお酒と平等な条件での比較にはなっていないことは明らかです。

ちなみに、これも個人の感覚にはなってしまうのですが、昭和のオジサン軍団が飲むお酒で、安酒と主張したいのだったらもうちょっと安い(ちょっと前までは500円ぐらい)んじゃないかと思うのですがどうでしょうか。

2ページ目のツッコミどころ

造りに関しては、まあ、それほど多くの間違いがあるわけではありません。が、ちょっとだけツッコミたいところがあります。

この酛こそは、「日本酒の大元」ともいえる大事な存在です。「酛で味が8割決まる」と言う人もいるほど、重要なポイントです。

酛で味が8割決まるというのはどなたの言葉なのか、とても気になります。

酒蔵に伝わっている言葉は「一麹、二酛、三造り」という言葉です。ご自身でも3ページ目でこの言葉を紹介していて、一番大事なのは麹と書かれていますよね。

その通り、味のためには麹造りが一番大事で、酛はその次と言われているんです。酛で8割決まるというのは初耳でした。

現在でも、麹で工夫はいろいろ行われています。たとえば従来の日本酒で使われていた黄麹で造る麹だけでなく、焼酎を造るときに使われている白麹を日本酒に使う、なんてことがあるんですね。白麹は黄麹に比べると、クエン酸を多く生み出す性質があり、酸味が強い味わいの日本酒に仕上がります。同じ蔵でも黄麹のお酒と白麹のお酒だとまったく味が違うというのが、誰にでも分かるぐらいのレベルで変わるんです。有名なところでは、新政酒造さんの『亜麻猫』が白麹を使って醸された日本酒です。

おそらくなんですが、速醸系の酒母と、生酛系の酒母(後述)で味わいが変わるということを言いたいのかな……とも思います。確かにこの二つは製法が異なりますので、味わいが変わります。そして、この記事の主題ともなっている部分です。なので、8割変わるという表現にしたのではないでしょうか。

現在、速醸系の酒母は日本酒全体のだいたい9割、生酛系の酒母は日本酒全体のだいたい1割ほどです。なので、どうせ言うんだったら景気よく「酛で味が9割決まる」と言う方が、まだ正しい数値に見えるかと思われます。どうせならきちんとした根拠に基づく数字で盛っていきましょう! まだ頑張れますヨ!

3ページ目のツッコミどころ

昔は、この酛を造る作業(生酛造り)が、それはそれは大変だったのです。蒸した米と麹をいくつかの小さな桶に分けて入れて、2~3時間おきに櫂棒でこね回します。これを「山卸(やまおろ)し」といいます。

こね回す(空気を入れたりする)わけではありません。「すり潰す」のです。何せ、山卸しの別名は「酛摺り(もとすり)」とも呼ばれるものですから、すり潰すのが重要なんですね。

ではなぜすりつぶすのか。

これは、お米を溶かすためです。大昔はお米を溶かすために頑張って手で混ぜて溶かしていたんですが、それじゃあ効率がわるいということで、江戸時代の中期から後期にかけて山卸しが開発されました。

はい、山卸しの歴史は、日本酒の歴史の中ではとりわけ古いというわけではなかったんですね。何せ日本酒はもっともっと昔からありますから。

(かい)で混ぜることによって、手で混ぜるよりも大変衛生的で、期間を短縮することができ、楽になったのです。まあ、もちろん酛摺りが重労働であるのには変わりませんが、昔はもっと重労働だったのですね。

この際に「乳酸菌」が育つのですが、この「乳酸菌」が酒の中の雑菌を全部死滅させてくれるのです。ここで雑菌をしっかり排除しておかないと、純粋酵母が育たず、おいしい酒ができません。

ここはまあ、言わずもがなではありますが、乳酸菌の力だけではありません。詳しくは後述しますが、生酛系ですとまずは硝酸還元菌が亜硝酸を作り出し、野生酵母や産幕酵母という、お酒を造るときには邪魔な酵母の生育を抑えるのです。

この技術によって、山廃でも雑菌が繁殖しなくて済むようになりました。そのあとに乳酸菌が育つ、というわけですね。

4ページ目以降のツッコミどころ

ここから微妙にいろんなところがごちゃ混ぜになっていて間違いが混在していてややこしいんですが、できるだけ整理していきましょう。

「山卸し・山廃」方式では酛造りに2~3週間かかるところ、この「速醸酛方式」だと2~5日程度で完成します。

こんなに早いことはまずありません。2日て。いくらなんでも盛りすぎです。

一方で、生酛が2〜3週間というのも短いです。造っている量にもよるんですが、ちょーっと短いですね。もうちょっと時間をください。

生酛系だとだいたい1カ月、速醸酛だとだいたい2週間と考えるといいでしょう。これも厳密には蔵によって異なります。でも、2日とかで完成することはないです。

 

それなら蒸した米に「アミラーゼ」といった酵素を添加してしまえば、でんぷんが早く糖に変わり、麹も少なくて済みます。このとき、温度を上げると酵素がより働くから、温度を55度ぐらいまで上げます。

ここに乳酸を添加すれば、より早く酛が出来上がるわけです。これは「高温糖化酛」と呼ばれます。

これは、呼ばれないんですよ。明確な間違いなんです。勘違いされやすいんですが。

「高温糖化酛」もしくは「高温糖化酒母」と呼ばれるものと、「高温糖化法」では似て非なるものでして、この説明で呼ばれているものは「高温糖化法」なんです。決して「高温糖化酛」ではありません。

高温糖化酛は、広島県の中尾醸造4代目の中尾清麿氏が開発したものです。中尾氏は1927年に東京帝国大学で発酵を学んだ後、蔵に戻ったあとも日本酒にふさわしい新しい酵母を探し続けました。そうして見つけたのが、リンゴ酵母です。

ところが、リンゴ酵母は非常に弱く、そのままでは蔵付きの酵母に負けてしまうぐらいに弱かったのです。蔵付きの酵母はそれまで蔵で生存競争を勝ち抜いてきただけあって力強く、放っておいても入ってきちゃってリンゴ酵母を駆逐しちゃっていたのですね。

そこで7年かけて、1947年に開発されたのが高温糖化酒母法なのです。

蒸し米と麹と水を混ぜ合わせ、55℃で8時間保ちます。55℃は菌が生きていくのには非常に厳しい環境のため、さしもの蔵付き酵母もやられてしまいます。ところが、麹の酵素は60℃で失活(活動しなくなる)ため、ギリギリセーフ。というわけで、麹の作用はそのままに、雑菌を退治することができるというわけです。

その後、無菌状態になったもろみを20℃まで冷ましてリンゴ酵母を加えると、リンゴ酵母100%の酒母が完成するというわけです。

つまり、弱い酵母を使ってお酒を造るための技術として生み出されたものなんですね。そしてきっちりと麹を使っていて、酵素は添加していません。

先にちょっと触れましたが、昔から日本酒は「寒造り」といって極寒の中で造られてきました。寒い時期が、最も雑菌が繁殖しづらいからです。

ここも正確ではなくて。

寒造りが一般的になったのは、あくまで江戸中期以降の話です。それよりももっと前は、別に暖かい季節でも造られていたんですね。

生酛よりももっと古く、伝統がある「菩提酛」という造り方があります。室町時代中期に、奈良県の菩提山正暦寺で開発されたものです。

生米と炊いた米を水に漬けて数日間放置します。そうすると、空気中の乳酸菌が取り込まれて繁殖。酸っぱい水ができあがります。これを「そやし水」と言います。

この「そやし水」を使って酒母を育てるのが菩提酛です。水酛と呼ばれることもあります(この辺はややこしい理由があります)。

この造りは寒すぎるとできませんので、温暖な気候の中で造られていたというわけなんですね。

ちなみに現在の生酛系のみならず、速醸系の原型とも言われています。乳酸の入った水である「そやし水」を安定して造るのは非常に大変です。じゃあ、最初から乳酸を用意すればいいよね、という発想で速醸酛ができたというわけです。

そして、この暖かい季節に造っているお酒に対して、寒い時期にしか造れないタイプのお酒のことを「寒酛」と呼ぶようになったのです。だいたい江戸中期元禄時代あたり)の話です。寒造りという言葉も当然それ以後に使われるようになったというわけです。

そしてこの寒酛が明治期に山廃・速醸が生まれた際に生酛と呼ばれるようになりました。なので頑張って遡っても、生酛は江戸からと言うことになるでしょう。

しかし、昔ながらの「生酛造り」「山廃仕込み」こそが本来の酒であり、これが「『添加物(乳酸)を使う速醸』によって壊された」と嘆く日本酒ファンも少なくありません。
(略)
室町・江戸時代から連綿と続く日本の伝統文化ですから、残ってほしいという気持ちはあります。

というわけで、非常に残念ながら、生酛造りは室町時代から続いている伝統ではありません。

山廃仕込みに至っては明治時代です。明治42年(1909年)ですね。

そして、この著者が敵視している速醸酛と、開発された年でいうと1年しか違いません。速醸は明治43年(1910年)に開発された技術なんです。

伝統という言葉を使いたいのなら、きちんと年代を明確にするといいでしょう。

生酛や山廃こそが「本来の酒」なんてことはありません。本来と呼ぶことの根拠がただ単に歴史があればいいということになると、映画『君の名は』でも有名になった、口噛み酒とかがもっとも伝統のある「本来の酒」になるかもしれませんよね。あ、八岐大蛇伝説で言うところの八塩折酒とかの方が「本来の酒」になるでしょうか。でも、ちょっと違いますよね。生酛や山廃や速醸だろうが、日本酒だったら「日本酒」で、その中の一ジャンルだけが本来の酒というわけではないんです。

生米をすり潰して、「乳酸」「アミラーゼ」などの添加物を駆使して造った酒が高く売れているというのは、なんだかおかしな現象のように私には思えてなりません。

生米をすりつぶして造るお酒で、そんなに高いお酒があるなら飲んでみたいのでぜひ教えて欲しいです!

そもそも日本酒の値段の高低は、お米の原価がどれだけかかるかと、どのぐらい時間をかけて造るかによって決まることの方が圧倒的に多いです。

お米は玄米の状態から精米してお酒を造ります。玄米を100%の状態とすると、どのぐらいまでにしたかの割合精米歩合といいます)の数値が出るのですね。たとえば精米歩合60%と言ったら、4割ほど削る(お酒業界だと「磨く」という表現を使います)んです。

たとえばここに、40%まで磨いたお米と、80%まで磨いたお米があるとしましょう。たとえば、あるお酒を造るのに磨いた後のお米が10kg必要とします。40%のものだと25kgの玄米がなければなりません。80%のものだと、12.5kgの玄米で済みます。

ということは、精米歩合40%のものは、同80%のものに比べて、原価が倍かかっていると言えますよね。

こんな風に、お米を磨けば磨くほど原価がかかるのです。

そして、時間をかけて造れば造るほど(そういう製法にするほど)、人件費やら設備費やら何やらがかかるので、高くなるというのはわかりますよね。

著者の言っている、製造時間を短くしているお酒というのは、いわゆる日常消費用にお安く手に入れられるタイプのお酒で、値段も決して高くはないんです。なので、おかしな現象なのは、著者の思い込みによる幻想というわけですね。


山廃にも「添加」しているものがある

さて。ここで本題その1に入っておきましょう。

この著者の方は添加物は非常によろしくない、添加物の功罪を語るのがメインの方のようです。そして、基本的には添加物はない方が良いという主張の方のようです。

だとすると、ああ、大変です。

山廃は飲まない方がいいでしょう。そりゃあもう、加えちゃってますから!

そもそも山廃仕込みがなぜ成立するのか。本来なら山卸しを行うことで、雑菌の繁殖を抑えるわけですから、ただ山卸しをやらないだけだったらお米は溶けにくいし、雑菌が繁殖してしまいます。

じゃあどうするのか。

水を多めに、温度を高く仕込むのです。そうすることでお米が溶けやすくなり、すり潰す山卸しをしなくてもよくなるのです。「寒造り」とはまったく逆の発想なんですね。

でも、これだと雑菌の問題が解決していません。

そこで出てくるのが硝酸還元菌なんです。

硝酸還元菌は、亜硝酸を生み出します。この亜硝酸が雑菌を退治するのですね。つまり、最初に加える水の段階で硝酸還元菌が多かったら、雑菌の繁殖を抑制してくれるので、温度を高く水を多くしてもうまくいく、というわけです。

ところがこの硝酸還元菌は、水の中にミネラルが多く含まれる硬水じゃないと生きていけません。そして残念ながら、日本の多くの地域はミネラルがあまり含まれていない軟水なんです。硝酸還元菌が育ちません。

じゃあどうするか。はい、ミネラル剤を加えればいいんですね。

硝酸カリウム」を添加すれば、水の中にミネラルを多く増やせば硝酸還元菌が活躍し、亜硝酸が生み出され、雑菌の繁殖が抑制できるのです。

これによって衛生状態が劇的に改善し、山廃を造るときに失敗することがないようになりました。

というわけで、非常に残念なことに、この著者の大好きな山廃には、硝酸カリウムが添加されていることが多いのです。そうしないと失敗してしまうので。

もちろん、硬水の地域で井戸水などで醸している蔵だったら添加しなくても大丈夫ではあります。そしてもちろん、硝酸カリウムを加えるといっても人体に影響が出る量を加えているわけではありません。水質を少しだけ硬水寄りにしているだけと考えればいいでしょう。

「添加物の功罪」という視点でいえば、日本酒に関しては「功」のほうが大きいとも私は考えています。

このように、添加物の「功」をもっとも享受している日本酒のひとつが、山廃仕込みというわけなんですね。

何でも簡略化が悪いわけではない

本題その2です。

著者の方(おそらく編集さんがつけた部分ではあると思いますが)は「簡略化の功罪を考える」とタイトル部分で言っていますよね。

当たり前なんですが、何でも簡略化が悪いわけではありません。

むしろ、日本酒の場合は経験則で行われていたことをしっかりと分析し、だとするとここをこうすればいいのでは、ということのくり返しになるのです。

ほとんどの蔵は、限られた中で、できるかぎりおいしいお酒を造ろうと試行錯誤をしています。いま大人気の蔵はもちろんそうですし、大手の蔵だってもちろんそうです。できるだけ安く、おいしいものを飲んでもらいたいと努力し続けているのですね。

それを、知識不足のまま、簡略化の功罪とか言われても、まったく響くものがないというわけです。多くの人が怒っているのは、そういう部分じゃないでしょうか。著者の人の味の好みとかは本当にどうでもいい話です。好きな物を持ち上げるために、他の物を落とす必要はないし、ましてや添加物は悪という主張に利用するなんてもってのほか、というわけですね。

 

まあ、そんなわけで二回目以降の記事も間違いや古い考えがアップデートできていない部分がたくさんありましたので、ツッコミ入れていきます。

続きです

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