要望が複数の方からあったのと、『RRR』の楽曲『Naatu』がゴールデングローブ賞歌曲賞受賞記念ということで、C101で頒布したコピー誌『印度絵巻譚 RRR編』の内容を一部ブログ向けに修正・改稿した上で公開します。
キャッチコピーは「RRRが10倍楽しくなる本!」
……というのを頒布が終わった後に思いついたぐらいの本ではあるので、RRR好きな人には楽しんでいただけるかと!
RRRをまだ見ていない、RRRをご存じないという方は、途中まではたぶん読んでも大丈夫ですが、途中から見た人前提になっていますので「こっからはネタばらしするよ!」というのを赤字で記載しておきます。
というわけで、まだ奇跡的にロングラン上映をしているのでこれを読んでいる時間があったら早く見に行って!
あと、過去の当ブログの記事を読んだ人には重複する内容もあったりするので、そこはもともと媒体の違いということとかもあったということで、ひとつ。
あと、コピー誌をすでに読んでくれた方は、今回公開する内容は100%同じではないので、ここをこう変えたのかとか、ここで言っていた部分は動画で見るとこうなんだとか、そういう楽しみ方をしていただけたらと思います。
とてもとても長いので、目次をつけておきました。
- 0.INT”RRR”ODUCTION
- 1.映画を見る前に知っておくと良いこと
- 2.大まかなSTORRRY
- 3.1920年のインドと現在のインドと
- 4.コムラム・ビームってどんな人?
- 5.A・ラーマ・ラージュってどんな人?
- 6.知っておくと楽しいインド神話
- 7.インド映画の言語についても知っておこう
- 8.”ナートゥ”をご存じか?
- 9.主要な俳優についてちょっとだけ
- 10.あとがきに変えて一番エモいとこ
- おしまい
0.INT”RRR”ODUCTION
この本はコロナ禍前に第一弾を作ったコピー本『印度絵巻譚』の続編であり、2022年に日本でも公開された映画『RRR』の非公式なファンブックでもあります。
もともとインド映画好きということもあったのですが、この世紀の傑作にどはまりしてしまった結果、もうどうにも書いておかないと! という勢いで書いてしまいました。
最初のうちは未視聴の方でも問題なく読めますが、中盤から後半にかけては見ていない人は置いてけぼりになると思います。つまり、RRRを見て!
ただ、いきなりRRRを見ろと言われても、どんな映画かわからないと見に行きたくないという人もいるでしょう。そしてインド映画はまた、誤解の多いジャンルでもあります。日本では1998年に公開されたインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』の大ヒットなどにより「インド映画? あの歌って踊るやつ?」というイメージが根強いのです。
もちろんそれは間違いではないのですが、現在ではむしろ歌と踊りを効果的に使い、物語のあらすじを歌で表したり、キャラクターの心情を踊りで表したりと、突然異世界に集まって歌って踊る、みたいなものではなくなっているものも多いのです。もちろん、文化の違いによってよくわからないシーンとか、なくても楽しめるけれども知っておくとより楽しめる文化背景などもあります。
この本では、ブログやTwitterに書き散らかしていたものをもう一度整理し、コピー誌という形ではありますが、記しておこうというものです。
1.映画を見る前に知っておくと良いこと
映画を見る前に、知っておいた方がいいことがいくつかあります。まず一つ目は「エンディングで突然知らない人が出てきてもそれは監督で、本編に出てきていないから気にしなくて良い」です。
何を言っているのかわからないと思うのですが、映画を見るとわかります。
この動画はエンディングの歌なのですが、3分26秒(のところで開始するようにリンクを張りました)に突然出てくる人。これはS.S.ラージャマウリ監督です。そう、監督なのです!
ラージャマウリ監督は日本でも大ヒットした『バーフバリ』二部作や、陰謀によって殺されてしまったけどハエに転生したのでハエのまま恋人を守る大活躍をする『マッキー』、400年前の伝説の戦士が姫と一緒に陰謀で殺されたけど現代に転生する『マガディーラ 勇者転生』などを手がけています。特にバーフバリシリーズの「神話」を創り上げたことからファンからは「創造神」と呼ばれることも。
ラージャマウリ監督作品は、すべて「想像を絶するアクション」と「高いレベルの物語」が融合しているのが特徴でしょう。ハエが大活躍するの、想像できます? でも、物語を通して見るときちんとアクションもしているし、お話にも納得がいくのです。これが本当にすごい!
ラージャマウリ監督作品のほとんどは、脚本は父であるV.ヴィジャエーンドラ・プラサード、衣装を妻であるラーマ・ラージャマウリが担当しています。
『RRR』でもこの二人がそれぞれを担当しているのはもちろんのこと、撮影や音楽なども監督作品ではおなじみのメンバーが担当しています。いわば、勝手知ったるメンバーでのびのびと作ったと言えるかもしれません。
ちなみに、もともとこの『RRR』という映画は、S.S.ラージャマウリ(Rajamouli)監督と、W主演のN.T.R. Jr. & RAM CHARANの3人とも名前に「R」が入っているため、仮の名前として『RRR(トリプルアール)』とつけられていました。
それがファンの間でも好評を博したために正式な名称に決定。読み方も『アール・アール・アール』と変更になったのです。でも、今でも時々インタビューで3人は『トリプルアール』と言っちゃったりしていますね。
ちなみにこの映画はテルグ語圏のスターである2人を主演にすることを念頭において作られ、脚本も当て書き(2人が登場人物を演じることを念頭にして書かれている)で作成された映画だったりします。
知っておきたいことの二つ目は、インド映画全般に言えることなのですが、インド人のジェスチャーについてです。日本では「Yes」のときに首を縦に振るのに対して、インドでは「正面を向いたまま首を左右に、小首をかしげるように振る」のです。
インド映画を見ていると、会話をしながら首をゆらゆらさせるシーンがとてもたくさん出てくるのですが、それはすべて日本だと首をうなづかせながら喋っているのと等しいということなのです。
特に『RRR』作中では、主人公の一人でインド人としてイギリスと対立する「ビーム」が結構首をゆらゆらさせながら会話をしています。一方で、英語まで操り、イギリス社会で生きていくことを決意しているもう一人の主人公「ラーマ」は、あまりこのジェスチャーをしていないのです。こんなところにも二人の育ちや考え方、決意が見て取れるのですね。
2.大まかなSTORRRY
映画を見ていない人も、見た人も、これから『RRR』のお話をするのだったら共通しておいた方が良い話題があります。それは、物語の大まかなあらすじです。
これを知っていないと、お話ができません……。
というわけで、以下に簡単なあらすじを。ネタばらしとかはほとんどなしで、映画の公式サイトに載っている程度のものです。
舞台は1920年のインド。いわゆるイギリス植民地時代です。イギリス人の暴力的な支配にインドの人達は苦しんでいました。そんな中、英国領インド帝国総督スコット・バクストンによって、南インドのゴーンド族の少女がさらわれてしまいます。
それに怒って立ち上がったのが、一人目の主人公であるコムラム・ビーム、通称「ビーム」(演じているのはNTR Jr.)です。上の写真では、右側の槍を持っている方ですね。
もう一人の主人公はA・ラーマ・ラージュ、通称「ラーマ」(演じているのはRAM CHARAN=ラーム・チャラン)。写真では左側の弓を持っている方です。ラーマは警官としてイギリス人の配下につき、職務を全うしています。一度決めたことはどんなに困難なことでも、炎のような苛烈さで成し遂げる男として描かれています。
二人は偶然出会い、無二の親友に。しかし、立場が異なる二人。ある事件をきっかけに、それぞれの宿命に切り裂かれていく……!
という、ダブル主人公の映画です。覚えておいて欲しいのは以下の三点。これらを頭にたたき込んでください!
ちなみに、この映画の主人公コムラム・ビームとA・ラーマ・ラージュは実在の人物です。じゃあこれは史実なのかというととても難しい。
二人が実在したのは確かなんですが、100%史実に忠実かというと……10%……いや5%ぐらいは実際にあったというか、実在のエピソードが採用されていたりするんです。でも、それ以外は大胆に脚色されています。
もともと二人は頭角を現すまでに、どこで何をしていたのか記録にあまり残っていない空白の時期があるのです。それが1920〜22年ぐらい。この映画は、もしこの二人が1920年に出会っていたら……? というところから想像を広げた物語というわけですね。
順番的には二人のスターを出演させたい → この英雄にするのはどうだろう → じゃあこの二人がもし出会っていたらというストーリーにするとうまくいくのでは? という発想で作られたものです。というわけで、全部が全部史実ではないんですが、そういうこともあったかも? と思うぐらいがちょうど良いと言えるでしょう! 細かいことは気にせず楽しみましょう!
3.1920年のインドと現在のインドと
映画の舞台は1920年のインドです。
この時代のインドは、いわゆるイギリス植民地時代でした。しかも、だいぶひどい状況です。
というのも、1919年にローラット法という法律が制定されたことにあります。これはいわゆる治安維持法で、治安維持の目的のためならイギリス兵はインド人に対して令状なしで逮捕したり、まあひどいことができてしまうのです。
インド人がひどいと訴えようにも負けるという。
そうなると、当然独立運動の気運が高まってきます。『RRR』主人公のモデルとなった二人も独立運動の英雄だったりするのですね。
インドの独立戦争で、日本でも有名なのはなんといってもガンジー(ガンディー)です。次いで、新宿中村屋に純インド式カリーライスを伝えたラス・ビハリ・ボースでしょうか。
インド独立にあたって難しいのは、インドが多民族・多言語国家であるということです。ようは文化や宗教や民族が異なる複数の王国が集まったのがインドだったのです。イギリス統治下時代でもそれらの王国の一部は「藩王国」として、統治に協力する形で運営されていました。
この藩王国はそれぞれで歴史や文化が異なるため、現在でも大きな問題になっています。インドの南部にあった「ニザーム王国(藩王国)」はインド独立時に、さらにインドからも独立を選んだのですが、軍事的に統合されてハイデラバード州になります。
その後、インドでは、用いる言語によって州が再編成されることになりました。ハイデラバード州のうち、旧ニザーム王国を含むテルグ語を主に話すテランガーナ地方が、旧マドラス管区(イギリスによって統治されていた区域)であるアーンドラ州と統合され、アーンドラ・プラデーシュ州が誕生しました。1956年11月1日のことです。
州都はテランガーナ地方にあるハイデラバードです。
ところが、テランガーナ地方とアーンドラ州は言語こそ同じテルグ語であっても、歴史も文化も違うので、長年にわたって再分離運動が続けられていたのです。
というわけで、2014年6月2日に旧ニザーム王国部分がアーンドラ・プラデーシュ州から分離・独立し、テランガーナ州となりました。このような経緯があったので、テランガーナ州とアーンドラ・プラデーシュ州の仲はあまりよろしくありません。
これがどのような場所にあるかは、Wikipediaとかを見るとわかります。埋め込みのサムネイルでなんとなく場所がわかるでしょうか。
内陸のテランガーナ州、沿岸部のアーンドラ・プラデーシュ州です。なお、ハイデラバードは2024年まではアーンドラ・プラデーシュ州の州都を兼ねることになっています。
そして、後ほどまた詳しく述べますが、主人公の一人、ビームを演じるNTR Jr.はテランガーナ州のスターであり、もう一人の主人公ラーマを演じるラーム・チャランはアーンドラ・プラデーシュ州のスターなのです。
そのため、この二人の共演は不可能ではないかともいわれていました。何せ、劇場でもファン同士が対立するというか、座るところも分かれるぐらいだったのです……
4.コムラム・ビームってどんな人?
主人公の一人、コムラム・ビームについても知っておきましょう。映画の方の話ではなく、史実上の人物像を簡単に説明いたします。
ただし、用語は映画に登場するもので統一します(コムラム・ビームも発音的にはコマラム・ビームだったりすることもあるので)。
コムラム・ビーム(1900年もしくは1901年〜1940年)は、イギリス領インドのハイデラバード藩王国(ニザーム藩王国)における、先住民族であるゴーンド族の革命指導者です。他のゴーンド族の指導者と協力しながら小規模反乱を率いました。
1940年に武装警官に殺害されますが、死後は反乱の象徴として神格化され称えられるようにもなっています。
侵略や搾取に対する感情の象徴として「Jal(水)、Jangal(森)、Zameen(土地)」というスローガンを掲げ、これが直接行動を起こすための呼びかけとして独立運動の旗頭となったためです。今でも命日には記念祭が行われています。
ここでポイントになるのは「ゴーンド族」の出身であるということ。そして、ニザーム藩王国、つまり現在のテランガーナ州の英雄ということでしょう。残念ながら、先住民族(アディヴァシ)の出身であるためか、先住民族の間ではかなり著名だったのですが、メインストリームからは無視されていたというか、インド独立運動の英雄としてはあまり有名ではなかったのです。
ただそれでも、ビームが唱えた「Jal(水)、Jangal(森)、Zameen(土地)」というスローガンは先住民族のコミュニティ、特にゴーンド族によって社会的・政治的な闘争に用いられてきました。
近年では徐々に再評価され、知名度がアップし、1990年にはAllani Srindhar監督によって『コムラム・ビーム』というビームの生涯を題材にした映画が作成されています。
そして、21世紀に入り、テランガーナ州の独立を求める声が高まるにつれて、再びビームの功績が脚光を浴び、独立の象徴ともなっていきます。
テランガーナ州が独立した際には、コムラム・ビーム博物館と記念館が建てられました。
つまり、今も昔も、独立の象徴ともいえる人物なのです。
映画の作中では、スローガンになぞらえられて「水」が象徴的に用いられていますね。水と共に現れるビームのシーンは必見です。
ちなみに。
映画の冒頭で、ビームの存在をイギリス総督(が留守だったので代理のエドワード)に警告する、藩王国からの使者は、ニザーム藩王国の人です。ということがわかっていると、映画に対する解像度が高まりますね!
5.A・ラーマ・ラージュってどんな人?
コムラム・ビームを知ったなら、もう一人の主人公であるA・ラーマ・ラージュ(アッルリー・シータラーム・ラージュ、もしくはアッルリー・シータラーマ・ラージュ)についても知っておきましょう。ちょっと名前の表記がややこしいので、以下はラーマに統一します。
(上記MVはここで貼るのに適正ではないんですが、まあ、一応ということで)
ラーマ(1897年もしくは1898年〜1924年)はイギリス領インドのマドラス管区で産まれた革命家です。もともとはラーマ・ラージュだったのですが、学生時代に友人の妹「シータ」とプラトニックな愛を育むも、シータが早世してしまい、彼女との思い出を忘れないために名前をシータラーマに変えたのでした。
父親であるヴェンカタ・ラーマ・ラージュはカメラマンで、ラーマが8歳のときに亡くなりました。その後は伯父の援助を受けて大学に進むも中退。ただし、このときにテルグ語、サンスクリット語、ヒンディー語、英語、占星術、薬草学、手相占い、馬術を修めます。高校時代から先住民族(アディヴァシ)のひとつ、山岳民族であるコヤ族と交流を持ち、さまざまな知識によって畏敬の念を持たれ、部族民の間で救世主的存在となります。
イギリス植民地政府が定めたマドラス森林法(1882年に制定)によって弾圧され、苦しむ部族民は救世主たるラーマの元に集い団結。不服従運動を始めたのが、だんだん反植民地主義の武装闘争へとなっていきます。そうして大規模な反乱へとつながるも、鎮圧され、ラーマは木に縛り付けられて銃殺されてしまいます。
死後もラーマは多くの人に敬われ、銅像や切手にまでなっています。
彼は本当に「救世主」として信じられていたので、「不死身」であり、「矢を空から降らすことができる」とされ、「弾丸が当たらない」とも信じられていました。
また、名前の「ラーマ」がヒンドゥー教の神「ラーマ」と同じだったことも、こういった神格化された要因のひとつと言われています。ということを踏まえて映画を見ると、もう楽しくてしょうがない! となるでしょう! というわけで、ちょっとでも頭に入れておいてください。
また、マドラス管区(イギリス統治下)で産まれたというところからも、きちんと学校に通い、教養が高かったことが伺えますね。
映画中でもラーマは流暢に英語を操るのですが、それにはこういう背景があったからなのでした。
作中では「火」が象徴的に用いられています。火と共に現れる、神々しいシーンは必見と言えましょう。
『RRR』は、この二人の実在の英雄が、もし1920年に出会っていたなら、という物語なのです。
※この辺から徐々にネタばらし濃度が高まってくるので注意してください!
6.知っておくと楽しいインド神話
必ずしも必要というわけではないのですが、インド映画、特にラージャマウリ監督作品を見る際には、ある程度インドの神話の知識があると理解が深まります。
というのも、二人の主人公「ラーマ」と「ビーム」はそれぞれ神話と関係があるという描写をされているからなのです。
ラーマはインド最大の叙事詩のひとつ、『ラーマーヤナ』の主人公「ラーマ」そのものです。インド神話最大の英雄の一人ですね。
ラーマ(神話)はラクシャサ(羅刹)の王ラーヴァナを倒すために生まれた、ヴィシュヌ神の分身の一柱です。ラーヴァナは人間でないと倒せないとされていたため、ヒンドゥー教の最高神であるヴィシュヌ神がすべてを忘れて人間へと転生した姿がラーマ(神話)なのです。
そしてそのラーマの妻が「シータ」姫。シータはラーヴァナにさらわれてしまうため、ラーマは彼女を取り戻すための大戦争を起こします。作中でも「シータ姫はラーマを探さない」と言われていますが、それはまさにこのラーマーヤナの神話のことを指しているのです。
ヴィシュヌ神の分身の一柱というラーマ(神話)への信仰はかなり厚く、あちこちに神殿や神像があります。シータ(映画)と話すシーンはラーマとシータの神像前ですし、傷ついたラーマ(映画)が横たえられたのはラーマ神像の前ですね。
そしてラーマ(神話)は「尽きぬ矢」を持っている、ということがわかるといろいろなことの解像度が上がります。
一方のビームは、名前が似ているのでややこしいのですが、「ビーマ」の末裔と歌われています。ビーマとはラーマーヤナと並ぶインド最大の叙事詩『マハーバーラタ』の登場人物で、パーンダヴァと呼ばれる、パーンドゥ王の子ども五兄弟の次兄です。
パーンドゥ王は若い頃に受けた呪いのため、女性に触れません。ところが、第一王妃のクンティーは、これまた若かりし頃に神々を呼び出すマントラ(使用限度:5回)を授かっていました。これを使うと神を呼び出し、その神との間に子を授かれるのです。
というわけで、パーンドゥ王はクンティーに頼み、神を呼び出して子供を授かるのでした。
- ダルマ神を呼び出し、ユディシュトラを産む
- 風神ヴァーユを呼び出し、ビーマを産む
- 雷神インドラを呼び出し、アルジュナを産む
そして、第二王妃マードリーにも子を授けてくれとパーンドゥ王が頼むため、クンティーはマードリーのためにマントラを使います。
- アシュヴィン双神を呼び出し、ナクラとサハデーヴァという双子の王子を産む
子供が合計5人産まれているので、パーンドゥ王は5回と納得してしまうのですが、よくよく見るとここで使われているのは四回ですよね。あと一回はどうしたのでしょう。
実は、このマントラを授かったときにクンティーは好奇心から一度使ってしまうのです。
- 太陽神スーリヤを呼び出し、カルナを産む
というわけで、FGOでも有名なカルナとアルジュナが異父兄弟というのはここからきているのでした。そして、ビーマとカルナも異父兄弟なのです。
これだとビーマとアルジュナも異父兄弟ではとなるのですが、ちょっとややこしいんですね。実はインド神話の中では「家」で子供を産んでいるのが重要、みたいな価値観なのです。つまり、パーンドゥ王と結婚している王妃が産んだから(父親が神様でも)ビーマやアルジュナはパーンドゥ王の子であるし、当時は誰とも結婚していなかったからカルナは別の家の子、みたいな感じです。実際、カルナは川に流され、御者に拾われて御者の家の子として育てられました。そしてこの「家」によってカースト制度が定められているのです。
少し横道に逸れました。
とにかく、ビーマは風神ヴァーユの子であるため、父神の力を受け継いでいます。幼少の頃から怪力無双で有名な英雄であり、現在でもインドでは怪力の代名詞として「ビーマ」が使われているほどです。これがビームにも受け継がれているのですね。
7.インド映画の言語についても知っておこう
多言語で多民族な国家であるということは、インドの映画界にも大きな影響を及ぼしています。言語圏で地域が分かれているので、映画界そのものがわかれているのです。
それぞれの地域は、ハリウッドになぞらえて「○○ウッド」と呼ばれています。
中でも一番有名なのがボリウッドでしょう。商圏も一番大きく、インド映画=ボリウッドというイメージがついています。
『RRR』はテルグ語圏の映画、すなわちトリウッドですね。ときどき「RRRはボリウッド映画で」と言っている人もいますが、これは厳密に言うと間違いなのです。
大雑把な覚え方ではありますが、北部がヒンディー語圏、南部がタミル語やテルグ語圏と覚えておきましょう。もう少しだけ踏み込んで書くと、テルグ語圏の南がタミル語圏、テルグ語圏の西がカンナダ語圏、テルグ語圏の南西にあるのがマラヤーラム語圏となります。
こちらの記事の画像を見るとイメージをつかみやすいと思います!
言葉が変われば流儀も変わる!インド映画の多言語世界を探検しよう | 映画 | BANGER!!!
特に北部と南部とでは、同じ国ではあっても、言語としてまったく別なことに注意が必要です。
そのため、インド映画は「吹き替え」で撮られるものが多いのです。音声がくっきりと聞き取りやすいのは、吹き替えでしっかりと声を入れているからというのもあるのですね。『RRR』はもともとテルグ語の映画なのですが、ヒンディー語吹き替えが作られたり、タミル語やカンナダ語やマラヤーラム語版もそれぞれ作られたりしているのです。それぞれの映画圏で上映する際には、その地域の言語のバージョンが上映されるのですね。
『RRR』の作中ではテルグ語とヒンディー語が登場します。字幕で何もないとテルグ語。英語やヒンディー語が話されているときは、字幕が<>で囲まれているのです。
よく注意をして映画を見ていると、テルグ語とヒンディー語の両方で民衆に呼びかけているシーンが複数あることに気づくでしょう。
ちなみに世界ではヒンディー語話者が圧倒的に多いため、Netflixなどではヒンディー語で配信されています。
実は、おおもとであるテルグ語版で上映されている国はかなり少なく、日本はそのうちのひとつなのです。歌詞なども微妙に変わるので、映画の感動をそのまま味わいたいならテルグ語の動画を探すようにしましょう。
8.”ナートゥ”をご存じか?
※ここはコピー誌の内容を大幅に改変し、ほぼ書き下ろしでお送りいたします
『RRR』前半のクライマックスシーンのひとつであり、ゴールデングローブ賞歌曲賞受賞をしたのがこの「ナートゥ」です。
先ほどの言語の話をしましたよね。実は、インターネット上には、公式の動画として、各言語版の”ナートゥ”があふれているのです。そのため、探し方が悪いとナートゥ(テルグ語)難民になってしまいかねません。
というわけで、映画館で見たものと同じ、テルグ語のナートゥを見るのならこの動画です!
これが「ナートゥ」! 「ナートゥ」をご存じか? ↓
一番多い勘違いというか、語幹も良いのでついついこっちも口ずさみたくなってしまうのがヒンディー語版です。
ヒンディー語版ではナートゥではなく、ナーチョ(Naacho)なんですね。こちらがヒンディー語版のNaacho Naacho動画です。↓
そして、タミル語。
タミル語ではナートゥ・クートゥ(Naattu Koothu)なんです。もちろんこのNaattu Koothu動画もあります。↓
まだまだいきます。
次はカンナダ語版。
カンナダ語ではハリ・ナートゥ(Halli Naatu)です。カンナダ語はタミル語からの枝分かれなんですが、Naattu(タミル語)に対してNaatu(カンナダ語)なんですね。
というわけで、カンナダ語のHalli Naatu動画です。↓
最後!
マラヤーラム語版です。
マラヤーラム語ではナートゥ部分はナートゥ・クートゥです。タミル語と同じですよね。マラヤーラム語圏はタミル語圏と非常に近いので、こうなっているのかもしれません。でもって、この曲のタイトルがカリンソール(Karinthol Song)になっているのです。↓
というわけで、曲のタイトルだけまとめますと。
繰り返しにはなりますが、映画館と全く同じが良ければテルグ語の「Naatu Naatu」を聞くと良いですよ!
また、サントラなどを探すときは、それぞれの言語版があったりしますので、Naatuをヒントに探してみるといいかもしれません。ここがHalli Naatuとなっていたらカンナダ語版のサントラだ、となるわけですね。テルグ語版を求めたければ、Naatu Naatuを探せばいいというわけです。
そして、ここで根本に立ち返りますと。
そもそもNaatuとはどういう意味でしょうか。
テルグ語のNaatuは「地元・ワイルド」という意味があります。そう、これは地元への愛と誇りに満ちた歌なのです!
ちなみにヒンディー語ではDesi Naach(インドの踊り)と訳されていました。なので、ちょっとだけ地元感が薄れるというか、インド全体に広まった感がありますね。個人的にはテルグ語の意味の方が好きです。
映画を見た人は、なぜNaatuを踊ることになったかを思い出しましょう。イギリス人であり、ジェニーと踊るアクタルに嫉妬したジェイクに、「お前達は文化を解さない、とりわけダンスとかわからんだろう」と揶揄されたところが発端です。
それに対して「サルサでもフラメンコもでもない。”ナートゥ”をご存じか?」と言うのです! そこからのナートゥダンスなんですよ! ここまで全体を通してナートゥの誇り高さとかを味わうのが最高なわけです。
出だしの部分は、ツインさんが日本語字幕を公開してくれているので、それを引用しましょう。
土煙を上げて猛進する雄牛
母神に捧げる渾身の踊り
サンダル履きの大立ち回り
木陰で悪巧みする若い衆
あるいはトウガラシ入りの雑穀パン
まあ聴け
この曲を
この歌を
ナートゥ それは英雄の歌
ナートゥ それは故郷のダンス
ナートゥ 刺激強めのインドの歌
ナートゥ 切れ味鋭い野生のダンス
地元への誇りに満ちていますね。
というわけで、ナートゥダンスの動画を見るのもいいのですが、その前のシーンもしっかり見ておいた方が良いにこしたことはありません。そして、それはNetflixが公開してくれているのです。ヒンディー語版なのですが、ヒンディー語は登場せず、英語しか出てこないので、テルグ語版じゃないなんて……と思った人も大丈夫。
もうね。このシーンのラーマのかっこよさったら! これほどまでにリズムにあわせて悠々と歩いてくる姿が絵になる人が他にいるでしょうか?!
そして、ご存じの通り、最後はジェイクたちもみんなで踊り、大団円を迎えるのです。もう最高ですね。これだけの踊りでありながら、ドラマがあり、しかも話が完結する。まさにゴールデングローブ賞歌曲賞受賞も納得です。
この「ナートゥ」はウクライナの首都キーウにあるマリア宮殿で撮影されました。戦禍に巻き込まれる前の貴重な映像でもあります。また、エキストラの皆様は現地の俳優さん、女優さんをお願いしたそうです。そうして集められたのが、バレエダンサーの方々!
よくよく見てみると、女性陣の中に、べらぼうに姿勢が良く、背も高く、ダンスのキレが良い方々がいらっしゃいますね。あっという間にダンスの振り付けも覚えられたそうです。
何度も繰り返し「ナートゥ」動画を見る際には、ぜひ主役二人の後ろにも注目をしてみてください。
当時のイギリスは、社交界は男性がなんだかんだいって主役だったため、それを苦々しく思っていた女性陣に不満が高まっていた時代でもあります。本国では、女性も集まれるティーサロンに人気が集まり、そこからイギリス中が紅茶好きになるという時代でもあるのです。つまり、女性の力が爆発している最中か、もしくはその手前でもあるのですね。
それを念頭に見ると、後ろでノリノリであり、リズムを取り、移動にもついてくる女性陣。
新しいものを受け入れられず苦虫をかみつぶしたような顔で見る男性陣……というのが、まさに時代を反映しています。
見れば見るほど新たな発見がでてきますね!
9.主要な俳優についてちょっとだけ
本作でのキャッチコピーとして「インド映画史上最大の制作費!」「二人のスターが共演!」があります。
このうち、最大の制作費に関しては、確かにあれこれお金がかかっているのですが、お金がかかった最大の理由はコロナ禍です。制作がストップして、でもお金は出ていき……と、どんどん制作費が上がっていったんだとか。
決して自分達の出演料が高かったからではない、と二人がインタビューで言っていました。では、この二人はどういう人なのか、少し紹介しましょう。
ビーム役のNTR Jr.は略さないで書くと、ナンダムーリ・タラーカ・ラーマ・ラオ・ジュニアです。スタッフロールではNTRと表記されていました。
祖父がテルグ語映画圏の黄金期、1950〜60年代に活躍したN・T・ラーマ・ラオなので、その名を受け継いでNTR Jr.というわけです。
ちなみに祖父は俳優でもあり、アーンドラ・プラデーシュ州(分離前)の首相を1983〜95年まで務めていた超有名人です。父も俳優(故人)という芸能人一家ですね。
NTR Jr.は演技もさることながら、抜群の身体能力とキレッキレのダンスで有名です。めちゃめちゃ激しい動きをしても体幹がブレないんですよね。
日本では『RRR』の前にニコニコ動画の「進撃のインド人」という動画で有名になっています。ちなみにこれは本人(NTR Jr.)巡回済。
今回の映画の撮影時のエピソードとして、ラージャマウリ監督が語ったのが映画冒頭の森の中をビーム(NTR Jr.)が走るシーン。
カメラマンはパルクール(街や森といった障害物だらけのところを走る競技)の経験者でもあります。これまたアスリートな運動神経抜群のスタントマンでテストをして、いざ本番に。
NTR Jr.が入り、撮影がスタートすると……「ズンッ!」という音をたてる勢いでNTR Jr.が猛烈なスピードでダッシュ。追うカメラマン。しかし、一回目のリハーサルが終わった後に「あかん、早すぎる。ちょっと本気の装備(靴など)させて」とカメラマン。
「この人(NTR Jr.)、アスリートを困らせちゃったよ」と監督が笑いながら言うぐらい、抜群の身体能力を持っているのです。
もう一人の主役がラーマ役のラーム・チャラン。
彼もNTR Jr.と同様の芸能一家の出身ですね。父親がテルグ語圏のトップスター、チランジーヴィです。
チランジーヴィはインド南部で絶大な人気を誇る、通称「MEGA STAR」。
昔の映画だと、登場するときに専用の歌が流れ、専用のロゴが大きく画面にバーンと出るぐらいのスターです。何を言っているのかわからないかもしれませんが、とにかくそうとしか言いようがないぐらいの大スターなわけです。
そんな父親を持つラーム・チャランも人気は絶大で、今では父にあやかってか「MEGA POWER STAR」と呼ばれていたりします。
この父子はラージャマウリ監督作品で共演もしているで、興味のある人は『マガディーラ 勇者転生』を見てみてください。
この二人を主役に当て書きして『RRR』は生まれました。
繰り返しにはなりますが、テランガーナ州の英雄であるビーム役に、テランガーナ州で生まれたNTR Jr.が。
アーンドラ・プラデーシュ州の英雄であるラーマ役に、アーンドラ・プラデーシュ州で生まれたラーム・チャランが当てられているのです。
2014年のテランガーナ州独立の後は、同じテルグ語圏でも、人に会うなり「君はテランガーナ人か、アーンドラ人か」と聞くような、そんなピリピリしたムードだったといいます。
では、NTR Jr.とラーム・チャランも仲が悪かったかというと、そうではないのですね。もともと二人は友人関係にもあったそうです。そして二人ともラージャマウリ監督作品に出演経験がある。というわけで、共演そのものにはまったく問題はなかったのだとか。
そしてもう一人、紹介しましょう。エンディングでも踊っているシータ役のアーリヤー・バットは、これまた映画監督と女優の間に生まれた、芸能一家で育った女優さんです。ヒンディー語圏の、いわゆるボリウッド映画界のトップ女優ですね。
今もっとも稼ぐ(人気のある)インドの女優と呼ばれています。
「芯が強いインドの女性」を演じることが多く、そしてその演技に定評があり、そういうイメージが多い女優さんです。
もともと『RRR』は二人の主人公の物語であるため、どうしてもヒロインは出演時間が短くなってしまいます。その短い時間の仲でも、鮮烈なイメージを残せるような人、ということでキャスティングされたのでした。実際、印象に残りますよね。
そういう、ボリウッドのトップ女優ということもあり、エンディングでも主役の一人として踊っているのです。
このエンディングのダンス、もともと3人で撮影をしていたそうです。それをジェニー(イギリス総督の姪)役のオリヴィア・モリスが知り、「私も出たい!」と。
その結果、巧みに合成されて出演しています。なので「アーリヤー・バットに会えなかったんですよ」とオリヴィア・モリスがインタビューで答えていました。
そのオリヴィア・モリスは新人のようです。
ラージャマウリ監督がイギリスの俳優さんにオファーを出すときのルールがわからず、直接(オリヴィア・モリスではなく別の)女優さんにオファーを出したところ、イギリスではキャスティング・エージェンシーを通さねばならなかったということを後で知り、改めてエージェンシーに出したオファーでもらったリストから選んだ新人女優さんなのだとか。
そのほかの俳優としては、スコット・バクストン総督役にはレイ・スティーヴンソンが起用されています。『マイティ・ソー』シリーズのヴァルスタッグ役でもおなじみですね。
その妻であるキャサリン・バクストン役にはアリソン・ドゥーディが起用されています。『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』でナチスに協力する女性考古学者役でおなじみ……なんですが、ちょっと、この映画を最後に見たのがだいぶ前で記憶があいまいで思い出せませんでした。申し訳ありません。
10.あとがきに変えて一番エモいとこ
最後に、この映画の仲で個人的に一番エモいと思うシーンを紹介しましょう。
それは、ここまで散々リンクが張られている、エンディングのシーンです。
冒頭でビームがラーマに「読み書きを教えてくれ」と言いますよね。まず、このシーンに入るときにラーマが言うのが「ビーマ、お礼をしたい」なのです。
あれ? ビーマ? まだ神話モードなの? と思うかもしれませんが、違います。これはマハーバーラタのビーマという意味ではなく、心の距離が縮まったことにより、親しみが増したために語尾が変化して「ビーマ」と呼びかけたのです! この時点でもかなりエモいですよね。
そして、旗にラーマは何を書いたのか。この三つの単語を書きました。
- जल :ジャル(水)
- जंगल :ジャンガル(森)
- ज़मीन :ザミーン(土地)
ここでもう一度、実在のコムラム・ビームの項を思いだしてください。
ビームは侵略や搾取に対する感情の象徴として「Jal(水)、Jangal(森)、Zameen(土地)」というスローガンを掲げたのです!
ゴーンド族出身のビームが「祖国のために戦う」という大義に目覚め、自分の無知を痛感し、読み書きを教えて欲しいとラーマに頼んで教わった言葉。この「ジャル・ジャンガル・ザミーン」がスローガンになったのです!
このあたりは劇中でも最後の最後、ビームの帰還のシーンで、旗を見て「はっ」とした顔をするビームが挿入されることで描かれていますね。
海外の批評家とかが「実際のコムラム・ビームは読み書きできたのでラーマに教わったとは限らない」とか言っているんですが、いいんですよ! そんなことは!
これはエンターテインメントなんで!
史実じゃないんです!
実在のラーマは無限に矢を放ったりはしない(多分)し、実在のビームは素手で虎をつかまえたりしない(多分)んですよ!
史実をうまくつなげ、さらには二人の絆と信頼が後々まで続き、それは2014年にもつながる……というシーンというだけで胸が熱くなるわけです。
おしまい
というわけで、以上がコピー誌の内容になります。本当に一晩で書いたのだろうか。しかも、コピー誌には「もうちょっと書きたいことがあった」とか言っているんですよね。これ以上分厚くなるとホッチキスの針が通らないという理由で泣く泣くカットしまくったのです。
一応、過去のこれらのエントリと重なる部分があります。こっちの方が詳しく書いてある部分もあれば、過去エントリの方が詳しいところもあるので、両方読むとより良いような気もしなくもないのですが、長いのでその辺は適当に読んで下さい。
このあたりのお話を、まとめて本にしてみました! C102で頒布します!