今回は主に5回目に『RRR』を見たときに気づいたことを書いていきます。
ちなみにトップの画像は前回と全く同じように見えて、別の日に撮ったIMAXレーザーなところの看板なので、微妙に光の具合とかが違うはずです。
ということは置いておきまして。
4回ほど見て、内容や台詞の大半を頭にたたき込んだので、今回は「音」に注目をしながら見ていたのです。聞き取りはあまり得意ではないので、注意しないとなかなか気づけなかったなあと。
一部、ちょっと勘違いをしているところがあるかもしれませんが、まあ、たぶん合っているんじゃないかと思いますし、間違いがあるかは後日6回目を見に行くときに確認しようと思っています(間違いがあったら追記します)。
ちなみに前回の感想やら解説はこちら!
まずこちらを読んで……とは言えない長さなんですが、まあ、映画を見ていない人は前回の方がネタばれに配慮している構造になっております。今回は割とネタばらしを最初からしていきます。
※配給元のツイン株式会社が、11/30までの期間限定で冒頭14分を公開してくれています!! これを見ると、この後の話も理解しやすくなるかも?!
- 『RRR』に完全版はあるのか
- テルグ語の「ナートゥ」はこれ
- ラーマのテーマと心の動きについて
- ラーマのビームへの心の距離が呼び方に現れている
- ラーマのテルグ語と英語が入り交じるシーン
- ビームの歌のシーン
- ビームのラーマへの呼び方
- ビームのでかい肉
- マッリの歌
『RRR』に完全版はあるのか
最初はちょっと、友人に質問されたことを。それは『RRR』に完全版はあるのか、ということです。
『バーフバリ』には国際版と完全版があることをご存じの方も多いでしょう。たとえば『伝説誕生』はインドで上映されたテルグ語版だと158分あります。ところが、海外配給版は138分となっています。
インド映画は基本的には長いです。2時間を超えるものは少なくありません。そのため、海外で上映するには長すぎると判断されたり上映先の事情に合わせたりで、カットをした海外配給版ができるのです。バーフバリだと、1曲まるごとカットされたりもしています。
日本では熱心なファン達が声をあげたため、後に『バーフバリ完全版』が上映されましたね。
で。
果たして、『RRR』には完全版はあるのかという問題です。
ところどころ不自然なシーンはありますよね。ビームが潜入するときにジェニーに協力してもらうシーンとか、唐突&短すぎるので何かがカットされているんじゃないかと思えなくもないですし。
でも、ほぼカットされていないと判断されて良さそうです。
まず前提として、いったん完成したときには186分54秒あったけれども、自発的にメーカーがカットして、インド国内で上映時には181分53秒になったそうです。
ということが以下の記事に書いてありました。Google翻訳万歳!
記事のタイトルからして、テルグ語バージョンではFワードとかをカットしたよ、と書いてありますね。ですがこれはあくまで音声部分のカットのみで、186分から181分に縮めたときにどこを削ったかというのは書かれていませんでした。まあでもこれは観客にとってはもともと存在していない部分といえます。
完成したのは181分。日本で公開されたものは179分。これは、カットされていない完全版と言っていいでしょう。
とはいっても2分削っているんですよね? と思うかもしれませんが、これはおそらく最後のスタッフロールです。
日本では最後の歌&ダンスであるEtthara Jendaが流れると同時に、右側にスタッフロールが流れます。
これがどうも、他の国のバージョンだと、まずEttahara Jendaが流れ、その後にスタッフロールだけが流れるという普通の映画でよく見るスタイルのようなのです。伝聞なので違う可能性もありますが。
そうやって、スタッフロールの部分を同時に流すことで(もしかしたら日本では何か180分超えると規制があるのかも?)179分にまとめたということでしょう。
というわけで、日本で公開された『RRR』はインドで上映された「テルグ語版」とほぼ等しい、完全版と思って問題ないと思われます。
あと、前回でも書きましたが、他の国では基本的にはヒンディー語で上映されるため、アメリカとかではテルグ語も見たい! とか、日本うらやましい! という声もあがっていて、テルグ語特別上映をしたりしているんだとか。
改めて、配給会社および翻訳者&監修者の皆さまに感謝です。
テルグ語の「ナートゥ」はこれ
前回のブログを読んだ方が、これでナートゥをいつでも浴びられる! とおっしゃっていました。いや、違うんです。違わないんですが、違うんです。
前回はあくまで「テルグ語→ヒンディー語→英語」と、「テルグ語→日本語」の対比での引用だったので、あのエントリに載っているナートゥ動画は、ヒンディー語の「Naacho」および、テルグ語日本語字幕の1分だけなのです!
というわけで、映画と同じNaatuを浴びるのだったらこちらの動画! テルグ語で4K!
ちなみにインドでは、海賊版とかをアップする人がめっちゃ多いので、公式がばんばん公開して広告収入を稼ごうとなっているんだと聞いたことがあります。というわけで、上記の動画も公式です!
YouTubeで探すときのコツは映画のタイトル+songsとかです。「RRR songs」とかで検索するんですね。さらにテルグ語で検索したいときはTeluguも入れるとなお良いかと。今回はLahari Musicだったら公式なんで検索結果のLahari Music / T-Seriesとかのを見れば公式動画のはずです!
歌詞つきのものはLyricalまで入れて検索すると探せたりします。アルファベットで記載されているので、なんとなく歌えるのがうれしい。というか、それで歌っています。
ちなみにNaatuだけは公式で歌詞入りのは見つかりませんでした。ダンスを重視しているからなのかな? 非公式のものはアルファベットじゃなくてテルグ語の文字だったのでどう発声すれば良いかわからなかったという……
ラーマのテーマと心の動きについて
ラーマのテーマミュージックがあるじゃないですか。
ちょっと言葉で書くとわかりにくいんですが……最初の「FIRE」のシーンから、何度となくラーマが登場するときにかかる音楽です。
(重々しく)たらりらりらら たらりらりらら
ちゃーんちゃーちゃちゃーちゃちゃーちゃーん♪
というあの音楽です。いや音を書くのが下手なのは自覚しているんですが、映画見た人はわかってくれていると信じています!
※冒頭映像の6:30から流れまくっているので、11/30まではそれを参照して!
これ、よくよく聞いてみると「ラーマのテーマ」ではなく、「ラーマの警官としてのテーマ」でした。
大義を胸に秘めたまま、イギリスの配下となり警官として職務を全うしようとする(インド人に危害を加えることがわかっている)シーンにのみ流れているんですね。冒頭の暴徒vs1人のシーンとか、誰か捕まえに行く人はいないかと総督夫人に言われたときに「生死は問いますか」と尋ねるシーンとか、鞭打ちを命じられるシーンとか。
なので、途中からはラーマが登場するときにこの音楽が流れなくなります。具体的には、牢につながれて懸垂するシーン。
ずんちゃちゃ ちゃかどぅんどぅん
みたいなのを肉声で歌う(ボイスパーカッション?)の音楽に変わっていますよね。音楽のジャンルには詳しくなくて表現がつたなくて申し訳ない……
ま、まあ、とにかく、複雑な運命を背負ったラーマの心情は、その場に流れている音楽にも表れているという、映像作品としては当たり前の手法ではあると思うんですが、きっちりしているなあということでした。
ラーマのビームへの心の距離が呼び方に現れている
もうひとつ、ラーマに関する「音」の話として、ラーマとビームの心の距離が、ラーマがビームを呼ぶときの呼び方でも現れていることに気づきました。
- 最初のうちは、名乗られた通りの「アクタル」と呼んでいます。ここはまあ、そう名乗られているから当たり前ではあります。
- ビームに真の名を明かされ、苦悩。ここでは名前を呼んではいません(一人で苦悩しているので)
- 警官の格好をして火のついた馬車で乗り込むシーンでは「アクタル!」
- 「降伏しろ! アクタル!」
降伏しろのところの字幕はビームだったかもしれませんが、発声はアクタルでした。「ロンギポー! アクタル!」と、決して目を見ないようにしながら何度も呼びかけています。
真の名を知っているはずなのに、あえて偽名で呼ぶことで、心を鬼にして自分の大義に徹しようとしていますよね。親友を裏切ってでも大願のために動く決意していることが見えます。 - 契り紐でぶら下がるあのシーン。ここで初めて「ビーム」
このときは兵士に囲まれ、さらにはスコット総督がマッリに銃を向けるということがラーマの立場というか位置からはすべてわかっているシーン。つまり、どうやっても逃げ場はないし、このままではマッリ共々ビームを失うということがわかっているシーンです。
ここで初めて「ビーム」と呼びかけることで、二人の命を失いたくないという真摯な思いが見えますね!
以後はビーム呼びなのですが、最後の最後に呼び方が変わります。 - 「ビーマ、礼をしたいが何か欲しいものはあるか」「ならば読み書きを」
そう、ここだけ「ビーマ」と発音しているのです!
ここでマハーバーラタの英雄ビーマ呼び……? 戦いは終わったのに、神がまだ降りているのかな……? と思うかもしれませんが、この方のツイートがすべてを解き明かしてくれました。
南インドの方に聞いたことまとめ
— RRRina( ´෴` )マヘンドラが腹から出てきたよ (@hifumisigoroku7) 2022年11月11日
・2人は映画になるまではそこまで有名ではなかった
・イギリス側の表現はスーパーマイルド
・マッリが買われた金額は食べ物を買うのも微妙な金額。だからこそ勘違いが生じた
・ビーム→ビーマになるのは仲良くなった愛称。aやiの母音がない場合につけるらしい
#RRR
ビーム→ビーマになるのは仲良くなった愛称。aやiの母音がない場合につけるらしい
あの戦いやシータと引き合わせてくれたこと、そして大願を成就させてくれた恩人としてさらにもう一段階心の距離が縮まり、愛称で呼んでいるというシーンだったのですね!
というわけで、呼び方に注目していると、ラーマからビームに対する心の距離の詰め方がわかるという話でした。
ラーマのテルグ語と英語が入り交じるシーン
作中でもラーマはさまざまな言葉を操っています。作中では英語とテルグ語が中心ですね。前回のエントリで書いた実在ラーマのあれこれの一部を抜粋しますと
というわけで、語学に堪能なのは史実だったりします。あとついでに馬術に堪能なのも史実。
そして、『RRR』の字幕の話になるのですが、テルグ語はそのまま日本語字幕、英語やヒンディー語などは<>がついて区別されています。
ということを踏まえて、牢につながれているビームの前でスコット総督とラーマが相談するシーンを見てみると。途中からラーマはテルグ語に切り替えているのですね。
具体的には「妹を連れてきて、目の前でビームを処刑して絶望させてやりましょう」という部分。これが、わざとビームに意味がわかるように、テルグ語で言うのです。
それを聞いて「帝国のやり方を学んだようだな」と英語で言うスコット提督。テルグ語を完全に理解していますね。
総督はそもそも、ラーマパパの過去編でも明らかになっているように、総督になる前にはテルグ語地域に赴任をして現地で指揮官として活動しています。おそらくその段階でテルグ語をマスターしたのでしょう。さすが、総督になるほどの有能な方です。
なのでここからは、テルグ語で話すラーマ、英語で話すスコット総督。でも会話はつながっているというシーンになります。
ラーマはなぜテルグ語に切り替えたのか。それはもう、ビームに聞かせるために他なりません。そのときに伝えたかったのは「妹が近くに来る」(だから一緒に逃げろと言外に言っているつもり)ということ。
これがスコット総督視点になると、このまま英語で相談していてもビームはわからない、そしてビームに絶望を与えるための情報なのでラーマがわざとわかるようテルグ語を使ったと判断。それらを総合して判断し、ニヤリと「帝国のやり方を学んだな」と英語で言うのです。
でもこれはラーマの本意ではないというか。かすかに、ラーマは総督に見えないように微妙な表情をします。帝国のやり方を学んだわけじゃない(あるいは、不本意にも帝国流になってしまった?)し、ビームに対してメッセージを送ったという機微が見えるのですね。
ビームの歌のシーン
ちょっとラーマ兄貴のことばかり書きすぎたので、ビームのことを。
見せ場のひとつ、Komuram Bheemudoを歌い上げるシーンです。
歌詞入りがいい人はこちらを
この手前で、集まった群衆に鞭打ちのことを説明をするシーンがあるのですが、ここでもよくよく見てみると字幕→<字幕>となっています(逆だったかも)
つまり、集まった民衆の中にはテルグ語話者とヒンディー語話者がいるので、翻訳をして両者にわかるようにしているという前提があるのですね。
ということは、テルグ語で歌い上げたこの歌は、歌詞がわからない人が半分以上いたはずなのです。
それでも、こんなに民衆を動かした。ビームの歌と心は言語の違いを乗り越えて、民衆を奮い立たせることができる。これこそ、祖国のために必要な人だ。ということで、ラーマが「武器」になると思ったというわけです。
ビームのラーマへの呼び方
これは正直わかりませんでした。もう、割と最初から「兄貴!」って慕っていましたし。
ただ、最初の橋で子供を助けるシーンで自己紹介をしたときには、ラーマは「ラージュ!」と自己紹介しているんですよね。字幕では「ラーマ」でしたが。
あと、ビームの鞭打ちを後片付けをしているときに、先に警察に潜入していた村の人がラーマを呼ぶときも「ラージュ」。
父親の名前が「ヴェンカタ・ラーマ・ラージュ」だし、史実のラーマは名前を「シータラーマ(シータラーム)・ラージュ」に変えているので、親しくなると「ラーマ」呼びをするようになるのかなとも思ったんですが、じゃあビームがどう呼んでいるかというと……
これがわかりませんでした。ここは次見るときの課題にしたいと思っています。
ビームのでかい肉
あと音に注目していないとわからないビームのシーンとしては、名曲Dostiのシーンがあります。
2:00ぐらいのところからのシーン。
でっかいお肉をかついで路地に入っていくのを見て、ラーマが「あんなんで足りるのか」みたいなことを笑いながら言っています。
そのお肉、ドアの穴に放り込むんですが、放り込むと同時に「ガオー!」という咆哮が。その後に出てくる虎とかをあそこで飼育していたということなんですね。そりゃあ大きいお肉必要だわ。
ちなみにDostiとは「友情」「絆」のことで、二人が友情を育む歌です。
最後の肩車脱出のときもDostiのアレンジバージョンが流れるので、やっぱり最重要曲のひとつですね。何度聞いても最高です。
Dostiも歌詞入りを載せておきますね。
あと、アレンジバージョンは日本語字幕版がちょっとだけ公開してくれています。
マッリの歌
インド映画の歌は俳優が歌っているのは珍しく、基本的には歌手が歌っています。なので、最初のSTORRRYで流れるマッリの「KOMMA UYYALA」も歌手が歌っているし、あまりにも歌がうまいので大人の歌手が少女のように聞こえる声で歌っているのかもと思い込んでいました。
そうしたら、2022年時点でまだ12歳のPrakruthi Reddyさんが歌っていた……! しかも、収録時はさらに3歳若い……?!(もっと若い可能性あり)
というわけで、Prakruthi ReddyさんのYouTubeチャンネルをぺたり。いやー、すばらしいですね。
このあたりも含めて、本にしてみました! C102で頒布予定です!