醤油手帖

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『スーパー30 アーナンド先生の教室』を見てきました

Twitterでついうっかりバズってしまったという責任をとって(?)、『スーパー30 アーナンド先生の教室』というインド映画を見てきましたですよ。

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バズったツイートはこちらです。

この映画がもう本当にすばらしかった。
そりゃ、最難関の大学を受験する生徒に対して入射角と反射角の話をするのは今さら過ぎるんじゃとかそういう細かい部分のあれこれがないとは言いません。でもそういう些細な部分を補って余りあるほどの面白さに満ちた映画なのです。

お話はまんまツイートの通りなんですが、ちょっとここで転載……するだけだとあれなんで、ちょこっと付け足し気味に載せておきましょう。

「次はどんなインド映画を見に行くの?」
「受験戦争を描いた映画で、階層社会なインドで貧民のための私塾を開き、超難関大学……ここに落ちた人がMITに行くと言われている、インド工科大学に生徒を合格させまくる先生が主人公」
「ふむ」
「怒った他の熟や予備校が殺し屋を送り込んでくるので銃撃戦する」
「戦争ってそういう意味……?」
「という実話を元にした映画」
「待って」

はい。実話です。

アーナンド・クマール先生が実際に2003年に立ち上げた「スーパー30」の物語がベースになっている映画なのです。スーパー30は2007年にNHKスペシャルで『インドの衝撃 わき上がる頭脳パワー』として特集されたので、聞いたことがあるという人も多いかもしれません。ちなみに『インドの衝撃』シリーズは文藝春秋で書籍としてまとまっています。

www.nhk.or.jp

そうはいっても、映画だから脚色されたところはあると思いますよね。これがまあだいたい90%は実話で、10%が脚色だそうです。もうほぼ実話、伝記映画といっても差し支えは無いかと。

もうね、上記の会話内容が本当に「実話」というだけで、多くの人は興味を持つだろうし、細かいストーリーを紹介するのは野暮ってもんでしょう。それでもあえてどんな映画かというのを大雑把に説明いたしますと

アーナンド・クマールはインド東部、ネパールに国境を接するビハール州の州都パトナに生まれました。このビハール州はインドの中でも最も貧しい地域とされています。

郵便配達人の父を持ち、貧しい家に育ったアーナンドは数学に興味を持ち、また並々ならぬ才能を発揮します。大学の学術大会的なもので優勝し、文部大臣からも激賞。何かあったら私に頼ってこいと言われるほど。

隣の州のベナレス大学図書館に通い、海外の学術誌を読み、論文を投稿するとその才能が認められ、ケンブリッジ大学への留学許可が下ります。

喜び勇んでなんとか父が必死に渡航費用を用意しようとするも、給料や年金の前借りをしても半分までしか集まりません。ならば声をかけてくれた文部大臣に陳情しに行くと、けんもほろろに扱われてまったく話になりません。

そうこうしているうちに父が心臓発作で帰らぬ人となり、アーナンドは生活のためにパーパル(薄い豆せんべい)を売ってなんとか日銭を稼ぐ生活に。包み紙を買うお金もないため、ノートやケンブリッジ大学許可証すらもパーパルの包み紙にしてしまいます。

そんな感じにやさぐれていたアーナンドを見いだしたのが、インド工科大学専用の「エクセレンス予備校」を運営するラッラン・シンでした。学術大会に優勝していたアーナンドの才能を高く買い、講師にスカウト。アーナンドは期待に応え、予備校全体の合格率を劇的に向上させ、看板講師になります。そして高い給料をもらい、お金に困らなくなるのです。

そんなある日、路上で街灯の明かりを頼りに仕事の合間に勉強を続けている子に出会うアーナンド。予備校の授業料を払えなくなったけど、勉強が好きなので続けている子でした。

彼に会い、昔の自分もそうだった、とショックを受けるアーナンド。そこで予備校を辞め、私財をなげうって30人の貧しい子に勉強を教えてインド工科大学の合格を目指す「スーパー30」を作るのです。

30人の子は寮に入り、衣食住を保証。勉強はアーナンドが面倒を見る。それでいて無償という私塾。そうしてアーナンド先生と30人の生徒による、インド工科大学を目指した戦いが始まるのです。果たして合格者は出るのでしょうか?

あ、殺し屋は、あれです。勝手に辞められて怒ったラッラン・シンが送り込んでくる感じです。あと、成功されちゃうと、高いお金をとっている予備校が困るというお金の面もあります。教育ビジネスが崩壊してしまうことになるので、本当にマフィアが送り込まれているのです。

実害も相当数でていて、同僚が刺されたり、アーナンド先生自身もなんども暴行を受けているため、今では護衛をつけていたりします。実話の暴力!

さて、ここで映画を見るに当たって知っておいた方が良いこととかを若干まとめておきましょう。というのも、バズったツイートについているのを見ると、ほんの少しだけ勘違いをされている人も多いからです。

ドラゴン桜と似ているけど根本的に違う部分がある

一番多かったのは「インド版ドラゴン桜」だ! という意見。何せ、公式の写真のアーナンド先生が阿部寛さんに似ている上に、物語も生徒達を最難関の大学に入学させて人生を変えるというものだし、そう言いたくなる気持ちもわかります。

ですが、ちょっとだけ違うのは「落ちこぼれを0から教えているわけではない」ということ。

成績優秀だけれども金銭的な都合で予備校にも通えず大学にも通えない貧困層がメインです。なので、作中でも入塾テストがしっかりあり、上位30名が通います。31位の子は入塾を許可されません。

貧困層=落ちこぼれ、というわけではないのですね。

そういう部分を気にする人はいないと思いますが、一応念のためです。

マハーバーラタの一節がある

これはインドにおいては、当たり前といいますか。我々が桃太郎をたとえ話に出されてもすぐにわかるように、ある意味インドでは常識に近いからあまり詳しく説明されていないということなのかもしれません。

マハーバーラタ』とはインドの古代叙事詩です。何代にもわたる壮大な物語なのですが、そのうちの一節が「師と弟子」エピソードなのです。ちょっとこれも大雑把に説明しましょう。軽く頭に入っていると、映画で見てもすんなり何を言っているかわかるかも?!

エーカラヴヤは山岳民族の子で、当代一の弓の名手であるドローナ(ドローナチャリヤ)というバラモン階級の達人に弟子入りを志願したら「わしは王子とか(ようはクシャトリア)にしか教えん」と断られてしまうのです。

でも諦めきれないエーカラヴヤはドローナの人形を作り、それをあがめて修行するうちにめっちゃ弓が上達して達人になります。

ある日、ドローナと弟子のアルジュナ(王子)が森を歩いていたら、それはそれは見事な腕前と技で狩猟犬を射貫く人が。それは成長したエーカラヴヤだったのです。

ドローナと再会し、「師匠の像を作り、心の師匠とあがめて今日まで精進してきました!」と言うエーカラヴヤ。

その優れた技を見たアルジュナは師匠であるドローナチャリヤに「ずるい! あの技は私にだけ教えてくれるって言ったじゃないですか! なんとかして! 責任とって!」と訴えるのです。

そこでドローナは「おまえが本当に私の弟子だというのなら、師に対価を払わなければならない」とエーカラヴヤに言います。エーカラヴヤが「もちろんです。何でもします」と言うと、「じゃあおまえの右の親指くれ」って言って指を切り落としました。

そうしてエーカラヴヤは弓を二度と引けなくなり、アルジュナは自分より腕前が上の射手がいなくなって満足するというお話です。

ちなみに「アルジュナ」と言いましたが、作中字幕ではヒンディー語の発音で「アルジュン」と表記されています。「アルジュナ」はサンスクリット語の発音です。でも、FGOのおかげでアルジュナ表記の方が有名かと思い、ここではアルジュナとしました。

字幕をつけたのは古典サンスクリット語がご専門の佐藤裕之先生なので、アルジュン表記はわざとなのでしょう。というか、FGOの話とかはさすがに知らないんじゃないかと。

で、このお話、現代の感覚だとひどいと思いますよね。

階級社会のインドでは「王の子供だけが王になれる」という考え方が根強いので、これは正しいことだったりするのです。エーカラヴヤは身分をわきまえない行いをした、というわけですね。

ただ現代のインドではこの考え方がちょっと違うというか、当てはまらないこともありまして。それがIT系だったりするわけです。伝統的な職業ではなく、新しい職業ですね。というわけで、貧民層がインド工科大学を目指すというのは、本当に人生を逆転する方法にもなっているというわけです。

この内容でも歌って踊るの?

もちろん歌って踊ります!

一番お気に入りは「Question Mark??」です。

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インド映画の場合は俳優が歌うのではなく吹き替えで専門の歌手が歌うんですが、主演のリティク・ローシャン(Hrithik Roshan)自らが歌っているんだとか。

世界イケメンランキング6位になり、ダンスも得意でダンスのライブショーを行ったり、アパレルブランドを立ち上げたり、チャリティ活動も積極的に行って歌も歌うとか、完璧超人か!

ちなみにリティク・ローシャンはこの映画のために、普段はギリシャ彫刻もかくやという美しい筋肉質の肉体美を誇っているんですが専属のコーチを雇ってビハール州のなまりを特訓し、ウエストを20cm増やし、肌を焼くという徹底した役作りを行っています。

というか、このあとに『WAR ウォー!!』(このインド映画もめちゃめちゃ面白いですヨ!)を撮影するので2カ月でまたギリシャ彫刻のような肉体に戻したとか凄すぎです。撮影の順番、逆だと思っていた……

あとは、「Basanti No Dance」とかはもう感動です。これは流れも含めて映画を見て欲しい……!

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まああまり見過ぎるとネタばらしに……あれ、今さらかな……

とにかく不自然なダンスシーンみたいなのはでてきません。自然とダンスや歌のシーンにつながるので、違和感とかはあまり感じないかと。歌やダンスが苦手と言われたらどうしようもないのですが……

本物のアーナンド先生?

なんと日本公開初日に新宿ピカデリーに現れ一緒に映画を鑑賞されたというアーナンド先生。映画でもカメオ出演……いやゲスト出演になるのかな、されております。探してみよう、ではなくて、ここに出てくるこの人はいったい? と思ったらそれがアーナンド先生です!

というわけで。

『スーパー30 アーナンド先生の教室』はとても面白い大傑作なのでみんな見ましょう、という話でした。上映劇場リストはこちら!

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