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醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

東洋経済の日本酒記事についての雑感

これまたひどい日本酒の記事があったので、ちょっと反論じゃないんですが、まあ、思うところを書いていきます。

http://toyokeizai.net/articles/-/133048

どこがひどいのか。
それは、個人の趣味趣向を押しつけて、それに合わないものを「買ってはいけない」としているからです。「俺が嫌いなものはみんなが嫌いなはずだから買ってはいけない!」と言っているわけですね。

ちなみにこの著者の人が嫌いな日本酒は、記事から読み解ける範囲ではこんな感じでしょうか

  • 灘とか伏見の、大手酒造メーカーのお酒
  • 香り高いお酒

じゃあちょっと、少しずつツッコミを入れて行きます。

 

精米歩合関連の間違いについてのツッコミ

まず、1000円前後の日本酒を買うなら、造りとコストが見合っていない「純米大吟醸」「大吟醸」は買わないほうが吉。そのコストで「大吟醸」を出すためには、ほかのところで無理にコストを削っている可能性が非常に高いからです。ここは逆に、あえて精米歩合(米の削り度合い)が高くないものを選ぶという、ツウな戦略をとりましょう。


話の前提が提示されていないので、いきなり唐突感あふれるんですが、この記事の趣旨は「1000円前後で日本酒を買うときにどうしたらいいのか」ということでいいのでしょうか。

1000円前後というのがどのぐらいのことを言っているのかはさだかではないのですが、1500円以内で美味しい純米大吟醸酒大吟醸酒はたくさんあります。

また、精米歩合が高くないものを選ぶというツウな戦略をとりましょうとあるのですが、ここでちょっとどうでもいいツッコミから。

精米歩合を米の削り度合いとしていますが、精米歩合というのは精米したお米の玄米に対する割合です。玄米を100%としたとき、外側を20%削ったら80%のお米ができあがりますよね。これは精米歩合80%と表示されます。つまり、残った方であって、削る方ではないんです。削る方は、大昔は精白歩合と表示されていました。つまり、精白歩合20%ですね。ただ現在は、精米歩合に統一されています。なので、削り度合いという表現は厳密に言うと間違いです。

そしてこの精米歩合が高くないということは、数値が小さいということであり、それはこの記事で紹介していきたいものとは真逆のものです。ツウな戦略をとるのだったら、ここは「あえて精米歩合が高いものを選ぶという」と書く方が正しいですね。高くないものは、この記事で選ぶなと言っている純米大吟醸酒大吟醸酒のことを示します。記事の性質的に、一番間違えちゃいけないところを間違えていますよね……

 

(参考までに)
純米大吟醸精米歩合50%、大吟醸酒精米歩合50%
純米吟醸精米歩合60%、吟醸精米歩合60%

 


■ラベルに米の名前を書いているとダメなのか

「ラベルに米の名前をでかでかと掲げているお酒」もアウト。米頼みということは、つくりにはこだわっていない可能性が高いからです。それよりは、お米の名前はわからずとも、「生酛造り本醸造熟成生原酒」などのように「どのようにつくられたか」を堂々とアピールしているほうが、よっぽど信頼できるんですね。

あとは経験上(やや偏見も入っていますが)、とくに「山田錦」推しの日本酒は「山田錦って言っておけばいいんでしょ!」感があります。

 

うーん。これは、白鶴さんのお酒が嫌いってことなのかな(単に大きく山田錦と書かれているラベルで真っ先に浮かんだから例に挙げただけですが)

www.hakutsuru.co.jp

まあ、それはさておいて。

ラベルに米の名前をでかでかと掲げているお酒、おいしいお酒でもあれとかこれとかたくさんすぐに思い浮かびます。造りのところに熟成って書いていて、熟成酒がお好きそうなのでそのへんのラインナップから挙げてみると、龍力兵庫県・本田商店)の特別純米熟成雄町なんていかがでしょうか。

item.rakuten.co.jp

 

これでもかとお米の名前である「雄町」を掲げていますよね。まさか龍力の本田商店さんがつくりにこだわっていないとかは、ほんの少しでも日本酒ファンだったら絶対に言えないと思います。

まあでも、この辺はいたちごっこと言いますか何と言いますか。お互いに例を挙げていけばキリがないです。これはおいしい、これはおいしくないというのは主観ですから、反論というほど強いわけではありません。作者の人は実際に、「山田錦」と書いてあるお酒を飲んで失敗した経験があるのでしょう。でもだからって、全ての「山田錦」と書いてあるお酒を買ってはダメと言い切るのは乱暴だと思います。


■むやみに「普通酒」を薦めているが……

もうひとつ、「値段の安い灘、伏見のお酒」も避けましょう。日本酒の名産地である灘(兵庫)と伏見(京都)は、ワインにおけるフランスのような、位の高い場所。予算が限られているなら、フランスワインよりチリワインの方が当たりが多いのと同じで、日本酒も灘、伏見のような「フランス」を避け、北陸や東北の普通酒を選んだほうが、コストパフォーマンスがいいのです(「吉乃川」など)。


灘や伏見を味の傾向や水質も違うのに全部まとめるのも乱暴だと思うし、何をもってコストパフォーマンスと言っているのか。フランスに例えていますけれども、今までの文章をよく読むと、ただ単にこの人が灘や伏見の大手日本酒会社が嫌いと言っているだけですよね。自分の好きなお酒を薦めるのに、特定の地域のお酒を貶める必要があるのでしょうか。貶めていないよというアピールのために無理矢理フランスの例えを出して「位が高い」と言っているとしか思えません。無理矢理じゃないというのなら「値段の安い」ってつけなければいいのに。

そして、薦めているのが北陸や東北の「普通酒」!

いや、別にこれに問題があると言っているわけではありません。僕も北陸や東北の普通酒大好きです。冷蔵庫には今、秋田の普通酒なカップ酒がたぶん20本近く入っています。(ちなみに醤油のときにも言われましたが、うちは冷蔵庫が複数あります。一つは日本酒とかのお酒と醤油専用の冷蔵庫にしています)

そうじゃなくて、普通酒を初心者に勧めるのは非常に難易度が高いということでもあるのです。ちょっと複雑なので順を追って説明しますね。

 

まず第一に、普通酒というのは基本的にはその地域でしか出回らない、地元の人達が晩酌として飲んでいるお酒です。なぜその地域でしか出回らないかというと、他の地域では売れないからです。デパートなどで蔵元さんが出張販売をやっているときに「今日は普通酒ありますか。あれ好きなんですよー」と聞くと、たいてい「そういってくれるのはありがたいけれども、他の地域では売れないので持ってきていない」という答えが返ってきます。

なぜそうなのかというと、地元の食生活と関わりがあるから。地元で愛されていて長年飲まれ続けているお酒は、その地域の食文化に合うように進化を遂げたお酒と言っても過言ではありません。そうなると、別の地域ではちょっとズレが生じる場合があります。例えるならば、九州の甘い醤油で育った人が、東京へ引っ越して料理を食べたときに、ちょっと甘さが足りないなと感じる。みたいなものでしょうか。

もちろんこのズレはほんの微々たるものではあるのですが、余所の地域には余所の地域の味があるのですから、そっちの方がいいということになりますよね。このズレを楽しめる人だったら普通酒をオススメしてもいいとは思います。

ちなみに、日本酒ファンの人達は、飲んだ時にズレを感じたら、それを「このおつまみと合わせてみよう」「こういう温度にしてみよう」と自分で修正して、ストライクゾーンに持ってくることができる人が多いのです。それができる人じゃないと、普通酒でヒットはなかなか出ないと思います。

 

第二に、普通酒というのは基本的には食中酒として造られていて、単体で飲むよりも料理と合わせた方がおいしくなるように造られていることが多いということです。

これって、何の問題があるのと思う方もたくさんいると思います。でも、初心者のうちはちょっと難しいと思うお酒であるのも確かです。単体で軽く口をつけたときのインパクトが弱いからですね。

どのお酒でも、料理でもそうなのですが、味覚は経験と一緒に育っていくものです。十分に経験を積んだのならば、普通酒の最初に感じた弱めのインパクトの中にある旨味や料理との相性をすぐ感じることができるでしょう。ですが、「宅飲みで、限られた予算でヒット打率を高める」ということを求めている初心者にとっては、若干ハードルが高いのも事実です。

ならばどうしたらいいのか。ここで出てくるのが、この記事で忌避されている、香りの高いお酒や、甘やかな口当たりのお酒が出てくるのです。香りの良さや、甘味は先天的味覚といって、経験によらずともおいしいと感じる味覚の代表的なものです。こちらを選んだ方が、初心者にとってハズレが少ない、ヒット打率が高まることが容易に想像できます。

そもそも今の日本酒ブームが、昔の淡麗辛口ブームのときと違うのは、香りが良かったり、甘い口当たりのお酒がヒットしているからですよね。獺祭の香りの良さと口当たりの良さは言うまでもありませんし、甘いお酒で言うと例えば宝酒造の「澪」とかは甘いスパークリング日本酒として大ヒットしています。これらのお酒が日本酒初心者に受けているという現状を考えると、この記事の勧め方は真逆だと言えるでしょう。

こういった理由があるので、多くの記事ではいきなり「普通酒」を薦めずに、香りが良かったりするお酒を薦めているのです。そういったことに一切の考慮がなく、普通酒を薦めているというのは単なる押しつけです。ツウな戦略と言っていますが、単に「みんなが言わないことを言う俺、かっこいい」ということに酔っているだけのようにも思えます。

また、北陸や東北の普通酒が関東(記事の人は関東なのかよくわかりませんでしたが)などの酒屋さんで気軽に手に入るとでも思っているのでしょうか。なかなかそれらの地域の酒造さんと関係性が深いところじゃないと、普通酒は手に入りません。何せ、その地域でしか出回っていないお酒なんですから。もしも買えるお店だったら、この記事が前提としている「もしも日本酒に詳しい店員さんがいないお店で買わなければいけないときはどうするか」とは矛盾しています。他の地域でこれらの普通酒が買えるのだったら、たいていは詳しい店員さんがいますよ。

今ならインターネット通販で……と、もしも言うのだったら、最初からインターネット通販と言えばいいですよね。でも通販したら送料がかかって、結局のところかかるお金が増えてしまいます。なので言えなかったのでしょう。

ちなみにその後に例としてあげている3銘柄については、どれもおいしいお酒ですので文句を言うつもりは一切ありません。ただ、北陸・東北がいいと言っているのに挙げられているのが新潟、新潟、京都(伏見)というのは少しだけ疑問ですが。

■賞をとったお酒を勧めないということについて

日本酒も同じで、杜氏の腕を競う味と、市販のお酒では、目指すところがまったく違います。言ってしまえば、賞レースは「米からここまでフルーティな香りが出るよ!」というウルトラCを競う大会なんです。食事と合わせることを最優先に考えるのであれば、むしろ「○○賞」は避けたほうがいいとさえ言えるでしょう。

これはとても難しい問題です。
フルーティな香りが出るよ! という面があることは、否定はしません。大きな賞は、なんだかんだで結構香り重視なものが受賞する傾向があるのです。

ただ、それが悪いとは一概に言えないのは、前項の通りです。
ただし香りが高いものは、食事と合わせにくいということもあります。なので、安くて晩ご飯と一緒に合わせて飲む日本酒が欲しい、という場合には、賞をとったものを避けるという選択はありかもしれません。

ただ、それは鑑評会と書かれているものだと考えた方がいいでしょう。

最近ではより生活に密着している賞とかも多いので、そちらは多いに参考になると思います。例えば、一度出たとこのお酒を例にして説明いたしますと、「龍力 特別純米 生酛仕込み」なんかは燗酒コンテストで金賞を毎年のように受賞していますし、日経スタイルの「体に染みわたるお燗にしたい日本酒ベスト10」で1位を受賞しています。

http://style.nikkei.com/article/DGXZZO92844620V11C15A0000000

これ、両方とも、お酒の宣伝文句として後で使われました。実際このお酒、燗酒にするとめちゃめちゃおいしいんですよ。燗酒飲みたいなーと思った人が選んで失敗したと思うことは、よっぽどのことがないかぎり無いんじゃないかと思います。なので、受賞の文言も使いようということですね。

もちろん香りがいいお酒を飲みたい場合には受賞酒を選ぶのは間違いではないわけです。なのでやっぱり、賞をとったお酒は買っちゃダメというのは乱暴だと思います。

 

■誰かにとって合わないお酒というのは、他の誰かにとって合うお酒

全体を通しての感想としては、この人は好みがはっきりしている。具体的には「香りが高いお酒が嫌い」であり、「灘と伏見の大手酒蔵のお酒が嫌い」ということでしょう。それを、なるべく喧嘩を売らないようにしようとした結果、「俺の嫌いなものはみんな嫌いなはずだから買ってはいけない!」という、全方位に喧嘩を売る記事に仕上がったと思います。

お酒は嗜好品です。そして、嗜好というのは人の数だけあると言っても過言ではありません。誰かにとって合わないお酒というのは、他の誰かにとって合うお酒なのです。自分にとってはハズレかもしれませんが、そのお酒が多く出回っているところでは「これじゃなきゃね!」という人達がいるのです。

この人は本業がバーテンダーさんのようなのですが、こういった自分が好きなもののためにそれ以外のものを貶める表現をしていて大丈夫なのか、心配になります。例えば、お客さんに「何か日本酒でいいのある?」と聞かれたときに、いろいろ語った後で「実は私は伏見出身なんだけれどもね……」とか言われたらどうするのでしょうか。

「買っちゃダメ」ではなく「迷ったらこれ買っておけばいいよ!」みたいな記事だったら良かったのにと思います。

こういったもやもやした気分にならずに、もっと日本酒について詳しいことを知りたいという人は、こちらを読んでみてください。

 

白熱日本酒教室 (星海社新書)

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最後に。

京都在住らしく、伏見のお酒情報を書いておきますと。まあ京都に来たらここに行ってみるのがいいんじゃないかと思うのです。デイリーポータルZさんの記事をぺたりと。

portal.nifty.com

また、この近くにある、吟醸酒房油長という酒屋さんの中にも、利き酒コーナーがありまして、そこで伏見中のお酒を楽しむことができます。

www.kyoto-wel.com

きっとこのどちらかであれこれ飲んでみれば、この著者の人の伏見のお酒に対する偏見も解けるんじゃないかなーなんて思ったりもします。

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