醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

トランプ大統領に韓国が出したという360年熟成醤油とは一体何なのか

アジアをまわっているトランプ大統領が、韓国を訪問した際に出された料理が公開されています。

www.afpbb.com

ここで登場したのが「360年前に作られた高級しょうゆ」とのこと。

え、何それ!? そんな長期間熟成させた醤油が世界にはあるの!? 欲しい。舐めてみたい! アメリカ大統領になれば味わうことができるのかな。トランプさん、アメリカの大統領をちょっとだけの間でいいので変わってくれないかなー。醤油味わったらまた返しますから。いやほんとほんと。You're Fired!! っていくらでも言ってくれていいんで!

と、ちょっと錯乱してしまいましたが、落ち着いてくるとここで少し疑問が出てくるわけです。本当に360年も前の醤油が今もあるのでしょうか?

残念ながら、日本の醤油ほどには韓国の醤油には詳しくありません。何せ、食べた絶対量が日本の醤油に比べると圧倒的に少ないのです。あと、韓国に行ったこともないので、日本で手に入る分の知識しかないのですが、その前提でちょっと考えてみましょう。

●韓国の醤油の種類はどれぐらい?

まずそもそものお話として、韓国にも醤油はあります。「カンジャン」と呼ばれていて、カンジャンケジャンなど、醤油が料理名に含まれているものもあるのです。

製法は大きく分けて2通りあり、いわゆる日本のたまり醤油にちょっと近い在来式醤油と、アミノ酸液等を加えて造る改良式醤油です。

改良式醤油は、現在韓国でも主流になっているというか、多く流通しているのですが、360年熟成の醤油ではないでしょう。何故なら、アミノ酸液等を加えるのは日本の発明で、日本統治下の時代に韓国へ伝わったということがはっきりしているからです。まあさすがに360年前にアミノ酸という言葉はなかったというか、発見されていなかったし利用方法も抽出方法もわからなかったとも思いますから、違うというわけですね。

というわけで、伝統的な在来式醤油だろうと予想できます。

ちなみにカンジャンにはいくつか種類がありまして。たとえば汁醤油(クッカンジャン)はカンジャンの代表的な種類のひとつで、大豆100%で造られる醤油です。汁という名前の通り、汁物に多く使われるもので、かなり塩分を濃くしたたまり醤油という感じでしょうか? 日本のたまり醤油は塩分濃度はそこまで高くはないので、そこがちょっと違いますね。

他の種類はというと、カンジャンケジャンのタレとして使われる陣醤油(ジンカンジャン)。これは改良式醤油です。この陣醤油が一般家庭では最も多く使われているので、改良式醤油が主流というわけですね。

あと、醸造醤油(ヤンジョカンジャン)というものもあるらしいのですが、これは食べたことがないので風味がわかりません。不勉強でごめんなさい。長期熟成させるという話を聞いたことがあるので、今回の360年醤油の大本命かもしれません。

●360年も熟成させられるの?

さて、ここが一番難しいところです。
果たして360年も液体を保存できるものなのか。
ちなみに、塩分濃度が高いと菌による腐敗は起きないので、まあ、賞味期限切れというか、人が食べられない毒性を有しているというわけではなかったのかもしれません。

360年前といったら、1650年ぐらいです。
日本で言うと、江戸時代。

江戸時代、実は醤油は主要な輸出品でした。コンプラ瓶と呼ばれる陶器の瓶に醤油(JAPANSCHZOYA、ヤパンセ・ソヤ=醤油のこと)や、お酒(JAPANSCHSAKY、ヤパンセ・サキー=お酒のこと)と書かれた瓶がいくつも見つかっていますし、文献にも残っています。輸出の際、腐敗防止のために醤油をいったん沸騰させて瓶に入れ(火入れですね)、コールタールで密封したそうです。

で。

こんな感じに陶器でしかもコールタールで密封されていたら360年後もなんとかなっているかもしれません。でも甕だとどうなのかなー。韓国の伝来式醤油は甕で貯蔵するという話はあるので、たぶん甕で保存していたと思うんですよ。でもこれが、360年前に甕で密封をどういう風にやっていたのかがわかるような資料が手元に無い……

先日、BSジャパンで放送されていた「私の履歴書」という番組で、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝さん、マッサンの特集がありました。その中で、奥さんのリタさんが造られた梅干しが登場するのです。そう、何十年も前に漬けられた梅干しがまだ現存しているんですよ。

甕に入っていたのですが、まあ見事に水分がなくなってカピカピになっていて。甕の中は白い塩がびっしりという感じでした。

醤油と梅干しの塩分濃度はかなり近いです。両方20%ぐらい。70年ぐらい前の梅干しが水分がなくなってからっからになっていたので、普通の貯蔵方法だと水分はほぼ失われてしまうと思います。

瓶なら可能性あると思うんですが、甕だと空気に触れている面が大きすぎると思うんですよね……

どんな形で360年も貯蔵できたのか、その秘密を是非とも、ヒントだけでも公開して欲しいものです! というか、食べてみたい!

●360年も続いている会社があるのか

貯蔵するのって、意外と大変です。そりゃあまあ、おうちの地下貯蔵庫とかに入れておいたものがずーっと誰からも発見されず、理想的な状況でずっと熟成を重ねていたということもなくはないと思いますが。

でも、そういう一般家庭とかのところに貯蔵されていた調味料を、友好国の大統領の晩餐に出すというのは考えられません。というわけで、醤油の会社がずーっと貯蔵していたと考える方が自然ではないでしょうか。

そうなると難しいのは、この辺はあまり詳しくはないのですが、韓国は100年を越える会社が2つしかないとか(伝聞です)。そのうちの1つが醤油会社だったのでしょうか。

ちなみに日本だと、360年以上前から続いている醤油会社はあります。
たとえばそうですね。ヤマサ醤油さんを見てみましょう。

www.yamasa.com

創業:正保2年(1645年)

とありますね。372年前からの会社と言えるでしょうか。

www.yamasa.com

なので、こんな風に「360年以上の歴史が磨き上げた代表的な本醸造しょうゆ」と書かれていても間違いではありません。まさか、これを見て、うちも360年と言ってみようとか思ったなんてことはさすがに無いと思います。

ちなみにもちろん、ヤマサさんで360年ずーっと熟成を続けている醤油はありません。もしかしたらあるのかな。いや、たぶんないと思います。あったら一度でいいから舐めさせてください。

●そもそも美味しいのか

こればっかりは食べてみないと何とも言えません。
でもまあ、ヒントはあるんじゃないかと。ようはあれです。3年熟成醤油とかが120倍になったと思えばいいんです。嘘です。

醤油は熟成させると、色が濃くなり、独特の芳香がより強くなります。いわゆる「メイラード反応(アミノカルボニル反応)」が促進するからです。いまは空気に触れない醤油が主流になりつつあるので忘れてしまった人も多いかもしれないんですが、醤油を使っていると色が濃くなり、独特の香りが強くなってくるのですね。

あとは旨味が塩気をつつんでまろやかになったりもします。
まあでも、限度はあると思います。限界点といいますか。
だから、何十年も熟成させた醤油って販売されていませんよね。コストが高くなりすぎるという原因もあるかもしれませんが、熟成させればさせるほどいい味になるというわけでもないということが言えるのです。

実際、360年も熟成をするとどういう味わいになるのかわからないので、味わいたい! ほんの一口、一舐めでいいんで!

●個人的な見解として

というわけでいろいろと考えたんですが、360年熟成醤油というのは翻訳ミスか何かじゃないでしょうか。

・360年の熟成醤油 → 360年前に製法が確立したものを再現した醤油

あたりが妥当なんじゃないかなあ。もしくは、ついうっかり盛っちゃったか。

360年続いた会社の醤油、という可能性もないわけじゃないんですが(100年以上続いている会社のうち1社が醤油会社だったとかで)、難しいかなあ。

360年前の醤油が見つかった! とかだと、結構大きなニュースにもなると思うのです。醤油業界ではとくに。でもそんな話も聞いたことが無い……

もしくは、最近の醸造技術とか熟成技術はあれこれ発達しています。超音波を当てて、通常の時間よりも長い期間熟成させたのと同じような効果を得ることができたりします。なので、超音波を使って360年分の熟成をさせた、という可能性もあるでしょうか。

結論といたしましては、是非とも味わわせてください。それでなかったら、360年も貯蔵できた技術のヒントでも! やっぱりアメリカの大統領にならないとダメですかね……

0:30追記:

早速教えてもらえました! どうやら誤訳説が正しいようです。

「360年もののしょうゆ」ではなく、「360年の歴史を誇るしょうゆ」が正しいようです。使われた醤油はこちらとか。

www.konest.com

陣醤油が、昔は在来式醤油のことを指していたのですね。そんな罠があったなんて……勉強になりました。

そしてニュースは、「360年の伝統を誇る種しょう油」という説明をAFPやデイリー・メールが「アメリカの歴史よりも古い醤油」と勘違いをしたようです。

正確には、360年続く職人の家に伝わっている種醤油からの醤油ということですね。

種醤油という言葉はちょっとごめんなさい。まだ勉強不足でどういう製法かはわかりません。とりあえず予想で書きますが、それこそ日本の醤油やお酒造りでまだ微生物のことがよくわかっていなかった時代。前に造ったときの美味しいお醤油やお酒を、次に造るものに入れると同じように美味しいものができるということが経験則的にわかっていたのです。

それが醤油だったらさいしこみ醤油へと進化し、お酒だったら貴醸酒へと進化していくのです。

なので、美味しくできあがった醤油を菌が生きている状態でとっておいて、それをベースに発酵させるということなんじゃないでしょうか。で、毎年新しくできあがった醤油の一部を戻して、継ぎ足し継ぎ足しで造っていく。そうしないとなくなっちゃいますからね。それが100年続いているんじゃないでしょうか。

どっちにしろ舐めてみたい! 韓国の醤油も勉強しなきゃー

ページトップへ