醤油手帖

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2021年4月10日放送『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』の誤解をまねきそうな点について

2021年4月10日放送のテレビ番組、『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』(NHK)は、「日本が誇る調味料!しょうゆのお金の秘密」という醤油の特集でした。

www.nhk.jp

番組内で、間違いではないんだけれども誤解をまねきそうだなーという表現があったのでちょっと整理しておきます。なお、NHKの放送ですから以下のメーカー名等は明記されていません。見る人が見ればわかるという形になっています。

問題となるのは「醤油の歴史に残ると言っても過言ではない、生醤油の発明」のお話です。ここで生醤油をヒットさせたメーカーとしてキッコーマンの方がカネオくんのインタビューに答えています。

「生醤油」とは醤油造りの工程のうち、「火入れ」という加熱殺菌をし、色や味を最終的に調える工程を省いたものと紹介されました。加熱殺菌をしないでも、フィルターを使って微生物を漉すので大丈夫だとしっかりと言われています。ここまでも少し微妙ではありますが、もうちょっと微妙レベルが上の発言が次に出てきます。

この「生醤油」実現の決め手になったのが「空気に触れないボトル」なんですという発言。ここがちょーーーっとだけ、醤油全体のファンとしては悩ましい紹介の仕方をしていたのです。

もう少し詳しく掘り下げていきましょう。

番組中ではこのように紹介されていました。お金の話の番組なので。

「登場から6年、2016年にはこのボトルを使った醤油シリーズの年間売上は100億円以上に」

ここに、少しだけ嘘というか、真実ではない部分があるのです。

ややこしい話になるので順を追って説明していきましょう。なお、これは重箱の隅をつつきまくる行為であり、わかりやすさを重視するためにテレビの限られた時間での表現であるということは重々承知の上での行為です。

●空気に触れない容器はキッコーマンの発明ではない

醤油における「空気に触れない容器」を最初に市販化したのはキッコーマンさんではありません。ヤマサ醤油さんの「鮮度の一滴」シリーズこそが一番最初なのです。あのシャンプーの詰め替えボトルのような、パウチタイプで空気に触れない容器に包まれた醤油を見たことがある人も多いでしょう。2009年8月より首都圏を中心に販売を開始し、2010年2月より全国に販売を拡大しています。

これがプレスリリースです。大手さんはプレスリリースがしっかりと残っているのがいいですね。

www.yamasa.com

 

ではキッコーマンさんはどうしたのか。
同じく空気に触れない容器の醤油を2010年に販売します。

これがプレスリリースです。

www.kikkoman.co.jp

ここでプレスリリースに載っている画像をよく見てください。ちょっと拝借してぺたりと貼ります(自前の写真がどこかにあったはずだなと思ったんですが、見つからなかった……)

f:id:shouyutechou:20210410213754j:plain

そうなんです。最初はキッコーマンさんもパウチタイプで空気に触れない「しぼりたて生」シリーズを出していたのですね。

鮮度の一滴は、醤油の注ぎ口を薄いフィルムが重なる構造にしていました。そこに毛細管現象という、細いところに液体が入り込む現象を利用して、醤油そのもので空気が中に侵入するのを防ぐ仕組みです。容器を傾けて醤油が口にたどりつくと、液体の重みで口が少し開いて醤油が注がれるという構造でした。

一方のしぼりたて生は、それだと倒れたときに醤油がこぼれてしまうということからか、蓋がある方が万が一のときに安心だろうと蓋をつけているのが特徴です。

これはパクリとかではなく、当時キッコーマンさんに話を伺ったところ、うちも空気に触れない容器については研究開発をずっと進めていた。たまたま先を越されてしまってとても悔しい、と言っていたのを覚えています。

●いまの二重構造ボトルは2011年に販売されている

というわけで、2009年から2010年の間は基本的にはパウチタイプの空気に触れない容器で醤油は販売されていました。この時点で鮮度の一滴は大ヒット。販売から半年で100万本を超える売上をたたき出しています。

ただ、パウチタイプにも欠点はありました。それは、使っているとだんだんパウチがほっそりとしてきて、倒れやすくなってしまうのです。そこを解消するために鮮度の一滴では下につける土台プレゼントをしたり、最初から厚紙で覆って倒れないようにしたものを出したりしました。

しぼりたて生の方はそういうプレゼントは当時行っていなかったと記憶しています。蓋もあるおかげで倒れても安心だけどもやや倒れやすかったのも原因か、蓋を外してつけるという行為が少し面倒だったのか、鮮度の一滴人気を覆すほどには至りませんでした。

「しぼりたて生」のパウチタイプはほどなくして終売。その後に登場したのが、現在でも売れに売れ続けている二重構造ボトルを採用した「しぼりたて生」シリーズなのです。

プレスリリースはこちら。

www.kikkoman.co.jp

これを見ると、2011年8月発売とありますね。

いつでも新鮮卓上ボトルという名前で200ml版は売り出されていたのですね。
これがもう本当に売れに売れて。歴史に名を残す大ヒットになったというわけです。

●なにが問題だったのか

ここでもう一度テレビで紹介されたときの文言を見てみましょう。

「登場から6年、2016年にはこのボトルを使った醤油シリーズの年間売上は100億円以上に」

登場から6年で2016年というと、登場は2010年を指すことになります。6年目だったら2011年の可能性もありますが、通常は2010年を連想するでしょう。

2010年には「しぼりたて生」シリーズは販売されていますが、ボトルは販売されていません。したがって「登場」が2010年を指している以上、ここは間違いと言えます。

そして、空気に触れない容器はヤマサ醤油さんの方が先に販売を開始していてしかもヒットしているということもポイントのひとつです。ただ、それを上回る超絶大ヒットをしたのがキッコーマンさんの商品だったんだよ、ということですね。

  • 生醤油はボトルではなくパウチで実現している
  • 最初のヒットはヤマサ醤油。もっと超絶ヒットさせたのがキッコーマン
  • ボトルタイプは2011年からの販売である

というところを、醤油に興味のある方は覚えておいていただけたらと。

もう一度繰り返しますが、テレビの限られた時間の中でわかりやすく表現するために、キッコーマンさんに絞って話を伺うのは間違いとは思っていません。あの場はあれでいいと思っています。

ただ、キッコーマンさんだけでなくヤマサ醤油さんのファンでもあったのと、きちんとした歴史といいますか、このままだと空気に触れない容器を発明したのはキッコーマンだったという誤解を招く可能性があるため、正確なところはどこかに残しておかないといけないなーと思ったのでした。

2021/4/12 11:30追記

思った以上に読んでいただけてびっくりしています。例によってコメントに対してのお返事等をしていけたらと。手動でやっているので確認漏れがあったら申し訳ありません。

 

●6年はあっているよ問題

いや、これはちょっと違うと思う。数え年と満年齢の混在は今でもあると思うので“登場から6年で2016年というと、登場は2010年を指すことになります。6年目だったら2011年の可能性もありますが、通常は2010年を連想するでし (id:kjin

2011〜2016年なら2016年は6年目で合っている。2016年が終わった時点でその年の年間売上が100億円以上といっているわけだから。それに特に傷みやすい<生しょうゆ>を一般販売することについての話だからヤマサ関係ある? (id:qouroquis

番組からはボトルネック以前にも生醤油は売っていたけど、一般向けにはヒットしておらずボトルの登場で売り上げが増えたという印象を受けました。「登場から6年、2016年には」なら、2011年を意味すると思います。 (id:lastline

キッコウマンのパウチの「生」しょうゆの発売日が2011/2。ボトルタイプの「生」しょうゆは2011/8。前者は2021/4月段階で6年目だから嘘ではない。だからこそ火入れをしてない「生」であることをよりアピールしていた。 (id:kenchan3

“登場から6年”なら間違ってないと思うんだが。 (id:prdxa


あ、あれ?
ちょっと勘違いをしておりました。

たとえば2021年4月に発売されたものは、2021年7月で「登場して3ヶ月」、2021年11月に入ると「登場して半年」と言うじゃないですか。ここで勝手に「登場して半年(が経ちました)」と()内を勝手に補って考えていました。2022年4月で「登場して1年」となるのではないかと。したがって、2011年8月に発売されたものは、2017年8月で「登場して6年」と思い込んでいたのです。

でも実際は年度の売上の話になるので、2011年の分の売上が「登場して1年の売上」、2011〜12年の売上が「登場して2年の売上」、2011〜16年の売上が「登場して6年の売上」となるのですね。なるほど。

これは完全に勘違いでした。謹んで訂正してお詫びいたします。

●容器の話をもう少し

特許調べてないが空気に触れない容器を発明したのは醤油メーカーではなく容器メーカーではないのだろうか?という疑問。醤油メーカーならば当然特許を取っているはずで他社の参入は難しくなる。 (id:fhvbwx

空気に触れないボトル(内袋が成形されている)の原型は21世紀初頭に吉野製作所が開発した中身を使い切れるコンディショナーボトル(P&Gヴィダルサスーン)と推測。まさか生醤油で復活するとは思わなかった。 (id:graynora

特許関係の話はここがわかりやすかった。 https://www.foodwatch.jp/secondary_inds/soybeanclmn/37008/ (id:atohiro

ヤマサとキッコーマンはそれぞれ独自特許。ヒゲタはキッコーマンの特許を使っている。他社は特許を使う障壁があるという。 https://bit.ly/3t8a4cP   えごま油は、同様のボトルが多い。少なくとも2社が使っている。 (id:blueboy

初代のヤマサは新潟県三条市の悠心の開発、キッコーマンは独自特許で追随し、更にその後、吉野工業所とやわらか密封ボトルを開発した、と。 https://is.gd/Jugh0U (id:ank0u

たしか容器メーカー「悠心」の社長が当時の醤油に不満があって開発したとかって当時のインタビューかなんかテレビで見たような?んで好みの醤油はヤマサだったからそこに営業かけたとかなんとか(うろ覚え) (id:colorless4

 

はい、皆様のおっしゃるとおり、ヤマサさんの鮮度の一滴が「悠心」さん開発のもので、キッコーマンさんの鮮度ボトルが「吉野工業所」さん開発のものです。ヴィダルサスーンの件は知りませんでした。

元々の経緯は、当時大成ラミックにおられた二瀬さんが2005年に「ラミネート袋と紙箱を組合わせた液体包装容器を用いた醤油の実用評価」という論文を発表。それを読んだヤマサさんが是非うちの醤油でやりたいと。

その後二瀬さんは(株)悠心を作り独立、ヤマサさんと鮮度の一滴を作り上げていくという流れのようです。詳しくはこちらの「鮮度の一滴開発秘話」を読んでもらえればと思います。

ameblo.jp

ameblo.jp

一方のキッコーマンさんは吉野工業所さんと二重構造のやわらか密封ボトルを共同開発します。二社の関わりはかなり古くからあり、1977年に国内で初めてPET容器の醤油が販売されますが、その容器を手がけたのが吉野工業所さんだったりします。

マーケティング的にはデラミボトルの出現で、特売1L158円から脱却できたこと、飲食店で継ぎ足しが無くなったことだと思う。/ 醤油業界は容器の改革多いんだよな、最初のPETボトルは醤油だし。逆止弁料理酒も手放せない (id:y-wood

y-woodさんが言われている最初のPETボトルというところですね。これも吉野工業所&キッコーマンの共同開発でした。

飲食店の注ぎ足しがなくなったのはよく聞きます。やわらか密封ボトルだと、落としても割れない(ので掃除等の手間が減る)というのもポイントでしょうか。本当に飲食店の卓上の景色を一変させてしまいましたよね。

ヒゲタ醤油さんはキッコーマンさんとは業務提携をしているので、このボトルをそのまま使っているのも納得ですね。「本膳生」とかよくぞ出してくれた! という感じです。

 

 

それ以外の他社が使っているかどうかですと、最近では結構使っていたりもします。手元にあってすぐに出てきたのはイチビキさんの「生 さしみ溜」とかでしょうか。

 

 

どこで吉野工業所製とわかるかというと、ボトルの底を見てみるとわかります。この「Y」に「・・」があしらわれているロゴが吉野工業所さんのマークなのです。

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こういうボトルは全部吉野工業所製では。他にもあるの? と思う方もいるかもしれません。たとえば「ちば醤油」さんの「下総醤油」は違うメーカー製だったりします。

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並べてみるとロゴが違いますよね。
ちょっとこちらはどこの会社かわかっていないです。すみません。

www.chibashoyu.com

 

●酸化の話

あの番組もこの記事も、空気に触れさせないことが醤油にとって如何にだいじか、という肝心の点を語らないのは何故なんだ。 (id:nobiox

いやー、番組内でも空気に触れないのは重要という話はされていたと思います。その部分に関しては何も異論がないのでこちらの記事でも触れていないだけでした。論点がずれちゃう危険性がありますし。あと、話し出したら止まらなくなる危険性が!

というわけで酸化の話に戻すと、醤油は空気、特に酸素に触れると酸化します。褐変(色が黒くなる)し、独特の芳香を放つのです。

醤油の変化は実は酸化だけではありません。紫外線などにも弱いし、温度が上がっても変化します。これは、醤油の中のアミノ酸と糖分が反応して生成される「メラノイジン」という物質が関係しています。

メラノイジンが褐色物質で、独特の芳香を持っています。このメラノイジンが増えれば増えるほど、液体の色は黒くなっていきます。実は醤油の黒色はこのメラノイジンにも関係していたのですね。

なので温度が高いところとか、酸化が進むようなところに放置しておくとメラノイジンが増え、醤油がどんどん黒くなり、香りも変化していくのです。だから醤油は「冷暗所」に保管しましょうと書いてあるわけです。今だったら冷蔵庫が一番良いというのもそういう理由です。

で、酸素は意外といろんなものを通り抜けます。普通のペットボトルだと酸素透過性があるので、醤油を保管していると実は徐々に酸化していったりもするのです。一連の空気に触れない容器はこの欠点を内袋で克服しているのですね。

ちなみにペットボトル容器も進化していて、酸素を通さないものを開発したりしています。有名なのはキリンさんのDLC(Diamond-Like Carbon)でしょうか。中にコーティングをして酸素を通さないようにしています。

www.kirin.co.jp

 

●きじょうゆとなましょうゆと

関係ないが「きじょうゆ」と「なましょうゆ」って同じなのか違うのかは気になった (id:norinorisan42

ここ、実は相当難しいというかややこしい話があります。
醤油の「生」には3種類があるのです。

1.生揚醤油(きあげしょうゆ)

醤油は大豆や小麦を発酵させて造ります。もちろん発酵しているどろどろとした「もろみ」では料理に使いにくいので「しぼり」をし、液体の醤油だけを取り出します。

このしぼったままの醤油が「生揚醤油」もしくは「生揚げ」と呼ばれるものです。

お酒の蔵見学にいったときに、しぼったそのままを味わわせてもらえることがあるのですが、その醤油版と考えるとわかりやすいでしょうか。風味豊かでおいしそうと感じますよね。実際、おいしいです。

ただこの「生揚醤油」には問題があります。

一般に流通している醤油はここから「濾過」をして不純物を取り除き、「火入れ」で加熱殺菌をして品質を安定させます。ところが生揚げはこれをしていないのです。

だからこそ風味が豊かといえなくもないのですが、問題は菌が生きていて発酵を続けていることにあります。仮に店頭に「生揚醤油」を並べていたら、中でどんどん発酵が続いて品質が変わってしまう可能性があるのです。

そのため、JAS法では生揚醤油は正確には醤油と認められていません。なのでラベルの名称のところを見ると「生揚げ」とか書かれていることが多いです(醤油とは書かれていないことが多い)。

さらに冷蔵保存が必要で、賞味期限が一ヶ月ほどです。と、まあいろいろと難しいのですが、それでも風味豊かで味わい深い醤油なのは間違いありません。

試してみたい方は、関東ですと職人醤油さんの松屋銀座店に行くのが確実かと思います。番組では職人醤油の高橋万太郎さんが解説されていましたね。

www.s-shoyu.com

(関西在住なのでここ1年伺えていないのですが)前と変わっていなければ、埼玉県の弓削多醤油さんの濃口醤油の生揚醤油と、香川県ヤマロク醤油さんのさいしこみ醤油の生揚醤油を購入できるかと思います。

2.生醤油(きじょうゆ)

そして、きじょうゆです。これが一番ややこしい。
これは厳密には醤油の名称ではありません。料理業界用語です。

料理をするときには、出汁やみりんで味を調えた醤油を使った方がいいときもあれば、何も加えていない醤油を使った方がいいときもあります。でもどちらも同じ「醤油」と呼んでいたら現場が混乱してしまいますよね。

そこで、何も加えていない、そのままの醤油を「きじょうゆ」と呼ぶようになりました。これが「きじょうゆ」の正体です。

したがって、火入れをしていたり、濾過をしていたり、そのときに使っている製品によってまちまちになります。「きじょうゆ」と言ったからといって、生(なま)な醤油じゃないというわけです。

3.生醤油(なましょうゆ)

そして番組でも話題になった「なましょうゆ」です。
これは製造工程の最後の部分の「火入れ」を行っていない、加熱殺菌をしていない醤油ということになります。

菌はどうするのかというと、マイクロフィルターなどで濾過をして取り除きます。なので、内部で発酵が進んでしまう心配はありません。

火入れによる加熱は非常に難しく、それがあるからこそ生み出された風味もあります。でも、失われてしまう風味もまたあります。簡単にいうと、前述のメラノイジンは加熱するとたくさん生成されるので、加熱殺菌のために温度が上がるとどうしても醤油の色が黒くなるし香りも変化するというわけですね。

それをしていない醤油が「なましょうゆ」なわけです。加熱をしていないので、加熱によって変化する前の醤油の風味を味わえます。これが「しぼりたて生」シリーズの「生」ですね。

加熱殺菌をしていないので「生」というのは、日本酒などとも同じだったりします。

ちなみになんですが、市販されている「生醤油(なましょうゆ)」は、「生醤油(きじょうゆ)」と区別をするために、必ずラベルの「生」に「なま」とふりがなが振ってあります。お手元の生醤油を確認してみるといいかもしれません。

 

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