醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

「本醸造の醤油が当たり前になったのはここ20年ぐらい」と言っていいのは今から30年前

※現在は修正が入りました! 迅速な対応に感謝します(2020/10/06追記)

醤油が大好きな人としては歴史改ざんなんてされてはたまらないという事例がありました。2020年9月30日に朝日新聞のサイトで公開されたこちらの記事です。

www.asahi.com

10月3日にはYahoo!に掲載されて、より多くの人が読むようになりました。そこで「本当なの?」と問い合わせがきてとんでもない記事に気がついた次第です。

news.yahoo.co.jp

一体何が問題なのか。

それは最初の章の以下の部分です。

戦時中に大豆の供給が逼迫(ひっぱく)して、その代替品としてカイコのさなぎ、しかも油を採取したあとの搾り粕(かす)から醬油(しょうゆ)が作られたことを知ったときは衝撃でした。さらにその後、アミノ酸液に味つけしただけの化学的な『アミノ酸醬油』が出回るようになり、醬油が本来の味を取り戻すには長い時間がかかりました。本醸造の醬油が当たり前になったのは、ここ20年ぐらいのこと。それほど戦争の影響が長引いたのです

どこがだめなのか順番に説明していきましょう。

 

●戦時中に大豆の供給が逼迫したので代用醤油を造った

戦時中に大豆の供給が逼迫(ひっぱく)して、その代替品としてカイコのさなぎ、しかも油を採取したあとの搾り粕(かす)から醬油(しょうゆ)が作られたことを知ったときは衝撃でした。

この部分。ちょっとややこしいのですが、カイコのさなぎを使っていたかどうかについてをまずは答えていきましょう。そしてそれは、本当です。

戦時中に大豆の供給は逼迫します。食べる大豆にも事欠くので、調味料に回す分がない(その分を食べないと命をつなげない)となったんですね。また、大豆は油をとったりと、さまざまな用途があります。そこで政府からは1940年には大豆をそのまま使う「丸大豆」使用禁止令がでました。

でも多くの人は醤油を求めます。多少食材の品質が悪くても調味料さえあれば何とかなったりするので、醤油をみんな欲しがったのです。ところが材料もなければ工場も動かせず、悠長に発酵させて造る時間がない。そこで大豆と小麦以外からできる醤油っぽい調味料をどうにかして造らざるを得なくなりました。

いちばん簡単なのは、食塩水に醤油の搾り粕で着色したものです。醤油っぽい香りもなんとなくあるし、塩気はある。でも、旨みも何もかも足りない「代用醤油」にしか過ぎません。

醤油の味わいの特徴的なところは、旨み=アミノ酸が多いことです。大豆に含まれているタンパク質が発酵によってアミノ酸になり、あの旨みをだしているのですね。そこに小麦のでんぷんを発酵させた糖分が加わり、旨みと甘みのバランスがとれた味わいになるのです。

では醤油っぽいものを造るにはどうしたらいいか。旨み成分である「アミノ酸」を含んだ液を用意し、それっぽい色と香りをつけて塩を加えたものを用意したのです。

どうやってアミノ酸を得ればいいのか。簡単なのは「タンパク質」を分解することです。発酵させなくても、タンパク質を含んだ物を塩酸で煮沸することによってアミノ酸が得られることがわかりました。もちろんそのままだと食べられないので水酸化ナトリウム溶液で中和します。これでアミノ酸液の完成です。

え? 本当に? と思う人もいるかもしれませんが、これは本当なのです。『栄養と料理』の昭和19年第10巻第6号p17には「実験室でのアミノ酸醤油の作り方」という記事があるのをデジタルアーカイブスで確認することができます。

www.eiyotoryoris.jp

この中の原料に「蛋白質源に富む物(鰊〆粕、大豆粕、蛹、○(読めませんでした)等)」という記述があります。はい、この蛹こそがカイコの蛹というわけです。

ちなみに使用薬品のところにある「盬」は「塩」の異体字ということで、盬酸は塩酸のことを表しています。

残念ながら蛹で造る醤油についてはそれほど詳しいわけではないのですが、塩酸によく溶けるように乾燥して粉状になったものを用いているはずなので、それを搾り粕と言ったのでしょう。ここで言う搾り粕にはもうひとつの可能性があるのですがそれは後述します。

アミノ酸醤油にはさまざまな種類がある

さらにその後、アミノ酸液に味つけしただけの化学的な『アミノ酸醬油』が出回るようになり、醬油が本来の味を取り戻すには長い時間がかかりました。

というわけで、アミノ酸醤油が出回りました。ここは本当です。
タンパク質があればアミノ酸液は造れるので、さまざまな原材料が用いられました。

よく都市伝説のように話題になる「人の毛から醤油を造っていた」というのも、ここからきています。髪の毛はタンパク質を含んでいるので塩酸で分解すればアミノ酸を得られるのですね。でも、日本では研究したものの実用化には至らず、中国では一時期は造られていたもののかなり昔に禁止令が出ています。食生活がストレートに出ちゃうというか、食品に微量に含まれた水銀とかヒ素とかが髪の毛に含まれていたりとかいろいろあったからです。

ではどうしたら原材料が乏しい中、おいしい醤油っぽいものを造ることができるのか。昭和18年キッコーマン(当時は野田醤油)によって考案されたのが「新式1号醤油」です。

簡単にいうと、分解するものを「醤油粕」にしたものです。元が醤油を造るときにできるものなので、それっぽい旨みとかがあるのではという。でも残念ながら十分な旨みはなかなか得られなかったため、さらにアミノ酸液などを加えてできあがるのが「新式1号醤油」です。

でもなかなか(味的に)難しいよねということで、昭和23年にキッコーマン(このときはもうキッコーマンでした)が開発したのが「新式2号醤油」です。

www.kikkoman.com

1970年まで造られていたこの醤油は、簡単に言うと醤油を造るときの「もろみ」にアミノ酸液を加え、一緒に発酵させて醤油を造るというものです。

アミノ酸液だけだと風味が足りない。もろみから造るには時間がかかる。じゃあ、もろみとアミノ酸液を一緒にまぜて発酵させたら、もろみで行われているタンパク質→アミノ酸への分解もある程度省略できて時間短縮になるし、もろみがあるので風味も良い、という方式なのでした。これは非常に画期的だったと言えます。

ちなみに発酵期間は2ヶ月ほどです。『美味しんぼ』とかで「大手の醤油は2ヶ月ほどで造る」と非難しているのは、この話から来ていると推測していたりします。もちろん現在は違いますよ。

 

●醤油を救った新式2号醤油

「新式2号醤油」がなければ、現在の我々が口にしている多彩な醤油は存在しなかったかもしれません。それほど歴史上においては重要な醤油なのです。

戦後間もない頃は食料はGHQが管理し配給していました。
そこでGHQが問題視したのは醤油の非効率的なところです。

というのも、大豆を発酵させて造る従来の醤油だと、大豆をそのまま食べるのに対して「醤油粕」として捨ててしまう部分があるため、旨み成分(窒素で測るので窒素分)は大豆のときに比べると60%ほどしかありません。しかも利用できるまで1年はかかるのです。

そうなると塩酸で分解して余すところなく窒素分を利用できた方が食糧難の日本国民にいいのではと判断したのですね。というわけで、GHQは大豆の配給量を「醤油業界:アミノ酸業界」で「2:8」にしようとしたのです。

ですが新式2号醤油は窒素利用率80%ほど。発酵も2ヶ月ほどと短い。これならばOKということでGHQは大豆を「7:3」で供給することを決定しました。

ここで大豆が供給されたことと、キッコーマンが新式醤油の製法を公開したことで、多くの醤油会社が「発酵」を伴う醤油造りを継続することができたのです。

 

●現在の醤油の種類

さて、件の文章には「醬油が本来の味を取り戻すには長い時間がかかりました。」とあります。では本来の味の醤油とは何なのか。それはおそらく、アミノ酸液を使わないですべて発酵で造られる醤油のことでしょう。

現在ではそういう醤油を本醸造醤油」と言います。江戸時代から続くシンプルな造りで、元祖というか「本来の味」と言われると本醸造醤油をおいて他はありません。

それ以外の醤油はあるの? となると「混合醤油」「混合醸造醤油」があります。

「混合醤油」はいったん本醸造醤油のように発酵で醤油を造り、そこにアミノ酸液を加えます。アミノ酸液でかさ増ししたの? という見方をするとなんだかちょっと悩ましい表現ですが、ダシを加えたダシ醤油のようなものと考えるとどういうものかわかりやすいでしょう。

「混合醸造醤油」は名前として「混合醤油」と似ているのでややこしいのですが、「新式2号醤油」をより洗練させたものです。つまり、もろみを発酵させているときにアミノ酸液を加え、一緒に発酵させて造る醤油です。

 

●現在も20年前も圧倒的に流通しているのは本醸造醤油

現在流通しているのは圧倒的に「本醸造醤油」です。では、件の記事のとおり20年前はというと、これも「本醸造醤油」です。

現在は大豆も小麦も戦後間もないころに比べれば非常に安価で入手できます。つまり、原料コストを抑えるためにアミノ酸液を加える必要はありません。

今も尚、混合醤油や混合醸造醤油が造られているのは、その味が地域の好みに合致したからです。たとえば甘い醤油が好きな九州とか北陸とかそういう一部の地域では混合醤油や混合醸造醤油が造られています。食べているうちに「これじゃなきゃ嫌」となったのですね。

いつから本醸造醤油が当たり前になったかを断定するのは難しいのですが、昭和30年(1955年)には醤油の製造工程の麹造りにも革命がおきて、本醸造醤油の大規模な工場ができています。ここをもって本醸造醤油の普及と捉えるのは少し乱暴な気もしますので、1970年にキッコーマン(日本のトップシェア)が混合醸造醤油(新式2号醤油)の醸造をやめたタイミングにしましょうか。

はい、50年前ですね。

というわけで長々と説明してきましたが、「本醸造の醬油が当たり前になったのは、ここ20年ぐらいのこと。」というのは100%嘘ということが言えるのです。歴史の改ざん、良くない!

 

●何を言いたかったのかの推測

さて、ここからは謎解き編です。仮にも食文化研究家と名乗っている人がこんなレベルのミスをするとは考えたくありませんし、文章を担当された澁川祐子さんも非常に丁寧に取材をして記事を書く印象があります。澁川祐子さんの『オムライスの秘密 メロンパンの謎』は非常に参考になりました。 

 

おそらくなのですが、「本来の味」という言葉を使っているし、これは「丸大豆醤油」のことを指しているのではないでしょうか。

話はまた物資のない時代に戻るのですが、1940年に丸大豆の使用禁止令が出たことは述べたと思います。じゃあその時は醤油造りに何を使っていたかというと「脱脂加工大豆」なのです。

大豆というのは非常に多くの油分を含んでいます。でも、醤油を造ったときにはこの油は風味の邪魔をしてしまう。なぜなら長期間の発酵中に酸化してしまうから。というわけで醤油油(しょうゆあぶら)として醤油から取り除き、飼料にしたりします。

ということは、醤油油ではなく、もっとほかに利用できる大豆油を先に取り除いてもいいよね? 少ない資源を有効活用したいし。となるのは当たり前です。大豆油はいろいろと使い勝手があるのでばんばん搾りたい。そして余った部分をどうにか有効活用できないかとなって、それを醤油にしてみようとなったのでした。

一見すると大豆の搾り粕みたいなものと思われるかもしれませんが、思わぬメリットもありました。それは、油分がないため、菌が隅々まで届くようになり、最後の最後まで発酵させることができるようになったのです。現在は脱脂加工大豆を作る技術が向上したこともあり、かなり旨みの強い醤油を造ることができるようになりました。

なので、もう脱脂加工大豆を無理して使わなくても丸大豆が手に入るからいいよとなっても、使い続けるところが大半を占めたのです。脱脂加工大豆の方が旨みが強い醤油を造れるのだったら、こちらを選んだ方が良いというわけですね。

でも、そのままの「丸大豆」を使った醤油の方を昔からの醤油、つまり「本来の風味」と考えることはできなくもありません。その他いろいろな理由はあるのですが、まるごとの大豆を使った「丸大豆醤油」ももちろんまた造られていきます。

丸大豆醤油は発酵後に取り除かなければならない醤油油があるのですが、それでも油の一部がグリセリンとなって醤油に溶け込むことで、まろやかな風味と深いコクが加わる醤油となるのです。

  • 脱脂加工大豆の醤油(大半の醤油)=旨みが強い
  • 丸大豆醤油=まろやかな風味と深いコク

と覚えるといいでしょう。

ここで本エントリの前半で「搾り粕」のもうひとつの可能性と言ったことを思い出してください。そう、カイコうんぬんでミスリードされましたが、醤油造りで「搾り粕」という言い方をする場合、たいていは脱脂加工大豆を指しているのです。

そして、おそらく日本でいちばん有名な「キッコーマンの特選丸大豆しょうゆ」が発売されたのは1990年のこと。

www.kikkoman.com

この二つの事実から「本醸造の醬油が当たり前になったのは、ここ20年ぐらいのこと。」は「丸大豆の醬油が当たり前になったのは、ここ20年ぐらいのこと。」と言いたかったのではないでしょうか。それでも若干ずれてはいますが……

醤油を愛する一読者として、さらには両著者の名誉のためにも、もう一度記事を精査して訂正するところは訂正していただけたらと思います。

 

2020/10/04追記

たくさんのブックマーク&コメントありがとうございます! 以下、拾い切れていないかもしれないのですが補足説明を。

●読めなかった漢字

 

みなさんすごい……ありがとうございます!

「鰮(いわし)」のようですね。確かに左下の最後のところを見ると鰮と読めました!

 

美味しんぼについて

  • 美味しんぼでは短い発酵期間だけでなく、大豆油を絞った粕を原料にすることも批判的に扱っていた。(id:ROYGB
  • 美味しんぼ』「醤油の神秘」は3巻(昭和60年(1985年)7月発行)に収録されている。既に35年前か。 (id:mujisoshina

はい。おっしゃるとおり、3巻に収録されている「醤油の神秘」で大手メーカーの醤油について批判されています。

ただまあ、これがおそらく雁屋先生が当時参考にした資料が古く、大手の醤油は2ヶ月ほどで造ると言っているのが1970年に生産が終わっていた新式2号醤油のことを指しているのではないかと思うのです。

そして同じく脱脂加工大豆についても批判されているのですが、それもちょっと違うということはエントリ中に書いた通りです。

この「醤油の神秘」の回については、FoodWatchJapanでも批判がされておりますので興味のある方はぜひご一読を。

www.foodwatch.jp

美味しんぼ』の功罪については、拙著『グルメ漫画50年史』でもたっぷりと書いてありますので興味のある方はぜひ(自著の宣伝だ!)

 

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

グルメ漫画50年史 (星海社新書)

  • 作者:杉村 啓
  • 発売日: 2017/08/26
  • メディア: 新書
 

 


そして

  • 解説に違和感。80年代まで3~6か月の「速醸製法」のみだったからでは?美味しんぼ以降大企業も醸造期間を倍以上に伸ばし天然醸造に近づけた製品出した (id:vabo-space
  • 美味しんぼの記述は酵素による発酵促進の話じゃないか?朝倉義景の遺臣団が天正元年に始めた醤油屋、室次あたりは発酵促進してない醤油を一年かけて作ってるぞ。 (id:toratsugumi

 

というコメントについてですが美味しんぼについて記憶違いかなとも思ったので、もういちど手元の本を確認してみました。『美味しんぼ』3巻5話「醤油の神秘」の回、119ページです

f:id:shouyutechou:20201004131319j:plain

大手メーカーの「大益」は2ヶ月で仕上げる。さらに化学調味料や甘味料を加えるとありますね。これは新式2号醤油、つまりは混合醸造醤油のことを指しています。

本醸造醤油はではどれぐらいの発酵期間が必要かというと、だいたい6ヶ月ほどはかかります。

そして醤油は発酵で造る、つまり微生物が造っているということが前提としてあります。生き物ですので、思わず働きたくなるような環境だったら大いに働き、過酷な環境ではあまり働いてくれません。気候や環境によって醤油が完成するまでの発酵期間には大きな差がどうしても生じてしまうのです。

代表的な醤油の産地である千葉県の野田や銚子は非常に醤油造りに適した気候です。ここで1年の発酵期間を経て造られた醤油と同等の品質(発酵具合)を適していない土地で造ろうとすると、1年半とか2年ぐらいかかってしまうこともある。それぐらい大きな差が出てしまうのです。

じゃあ逆に、微生物にとって超理想的な環境にしたら発酵期間は短くなるんじゃないか。空調という文明の力を使えば気温も湿度もコントロールできます。発酵のメカニズムも解析され、どうやったら促進されるかがわかってきました。そういう発想で大手の醤油は従来なら1年かかる発酵期間を半年近くに縮めることに成功いたしました。発酵促進する酵素セルラーゼを使っても、だいたいは半年ぐらいかかります。

3〜6ヶ月というeonetさんの記述は混合醸造等か、もしくは濃口醤油ではない淡口醤油(若干発酵期間が短くなります)が混じっているからではないでしょうか。少なくとも美味しんぼ以降に醸造期間を延ばして天然醸造に近づけたという記述は、今まで読んできた文献や聞いてきた話の中には見当たりませんでした。

 

●甘い醤油について

  • 出荷数とかのデータを出さないとこの記事も元の記事も根拠のない話なのは同じなんだが/丸大豆醤油は資源の無駄遣いだと思う/甘い醤油は戦中戦後の物資不足から始まったものみたいな書き方だけどそうなの? (id:uunfo
  • 北陸(と九州)の醤油がいつから甘いのか不思議だったけど、意外と最近なんだなぁ。県外に進学したら醤油が合わなくて参った記憶がよみがえる。(twitter @428_photograph)

すみません。出荷数とかは、元記事を読んで頭に血が上ってガーッと書いたのでそこまで詳細に調べている時間がありませんでした。なので、わかりやすい方(日本のシェアの四分の一を占めている会社で生産が終わった年)というのを指標にしたつもりです。

そして甘い醤油についてですが、これまた少し誤解をまねく表現で申し訳ありません。

甘い醤油の歴史はもう少し古く、江戸時代まで遡ります。甘くなった理由は1つだけでなくたくさんあるのですが、当時は貴重だった砂糖が比較的入手しやすかった(出島での貿易、奄美大島での生産、九州との貿易が盛んな日本海側)とかそういう要素があります。

元から甘い醤油が好まれていた地域では、アミノ酸液を加えた混合醤油や混合醸造醤油が「これ、おいしい!」となって地域に根差していき、今日まで造り続けられるし地元に愛されているということになったのです。

九州うまくち醤油が口に合った俺は負け組ってことか。確かに成分にアミノ酸液と書いてある。 (id:peerxpeer

決して負け組ではありません!
アミノ酸液を加えたものでも当然地元の食材に合わせて進化をしていき、より美味しくなっているのです。天然醸造だからえらい、アミノ酸液を使っていないからえらいとかそういうことはありません。すべての醤油は、その醤油が輝く食材や調理方法があるのです。そして、peerxpeerさんはその中でも九州の醤油がお口に一番合ったということですね。


●減塩醤油や醤油風調味料について

  • 「醤油風調味料」ってやつはここでいうとどれなんだろう(id:chintaro3
  • 減塩醤油もアミノ酸を増やして減塩してるイメージだがどうなんでしょ(減塩味噌はこれ)。 (id:y-wood

醤油風調味料はカテゴリとしては非常にあいまいで、なかなか一言では言えなかったりします。基本的には醤油をベースにしていろいろと加えている醤油加工品か、醤油とは名乗れないけど醤油のように使って欲しい調味料と考えるといいかもしれません。

後者は何のことやらと思われるかもしれませんが、現在のJAS法では醤油を名乗るためにいろいろと規定があって、その中に「大豆」を使っているというものがあります。

たとえば愛知県を中心に造られている「白醤油」があります。従来の濃口醤油は大豆と小麦を半々で作るものなのですが、小麦の比率を高めたものです。ざっくり言うと大豆は発酵すると色が黒くなる、小麦はそこまで黒くはならないと考えてください。

大豆の比率を多くすると色が黒く旨みが強くなり(たまり醤油はこちらです)、小麦の比率を多くすると色がどんどん淡くなって甘みが出てきます。白醤油は小麦9割大豆1割にした、琥珀色で美しい醤油なのです。

じゃあこの白醤油を、どんどん小麦を増やして大豆なしにするとどうなるか。それは「醤油」とはいえません。そうしてできあがったのが日東醸造の『しろたまり』という製品だったりします。これは醤油と名乗れないので小麦醸造調味料とも名乗っていますね。

nitto-j.com

まあ、これはちょっと極端な例ですが、そうやって醤油と名乗れないものも醤油風調味料というカテゴリに入ったりもします。魚が原材料である魚醤も醤油風調味料と言ったりすることがあります。

もうひとつ、減塩醤油ですが、アミノ酸液を加えるのではなく、普通の醤油をまず造ってそこから濾過によって塩分を取り除くという手法がとられています。このへんはキッコーマンさんが公開している「減塩BOOK」に詳しいことが書かれています。

https://www.kikkoman.co.jp/library/genen50th.pdf

 

●ラベル説

"本醸造"と言う言葉は、90年代後半の日本酒ブームから高級感や美味い物として知られるようになり、それに合わせて従来本醸造で作られいた醤油にも2000年頃にラベリングされたと思われる。 (id:luxon0314

なるほど! ラベルに本醸造と明記するようになったのが2000年頃という話ですね。これはちょっと盲点でした。だとすると、まあ20年という感覚になるのもわからなくはありません。そうだったら謝罪したいと思います。これは一朝一夕で調べられないので、時間のあるときにちょっとずつ調べていきたいです。

●宣伝しろと言われた気がするので

この人、白熱日本酒教室の原作者さんだね。醤油もこのレベルで詳しい&分かりやすいの凄い… (id:bfms350

ありがとうございます! 宣伝しろと言われた気がする(勝手な解釈)ので最後に大きく宣伝を!

醤油も本をだしているのですが、お酒の本もだしております。一番読みやすいのは漫画版『白熱日本酒教室』でしょうか。こちらから全部読めます!

sai-zen-sen.jp

おまけページ満載の単行本は全3巻。Kindle等の電子書籍版もあります!

 

原作になった新書版もよろしくお願いします!

白熱日本酒教室 (星海社新書)

白熱日本酒教室 (星海社新書)

 

 

10/05 16:50追記

さらにたくさんのブックマーク&コメントありがとうございます! 以下、またコメント補足です(さすがに長すぎるので次があるなら別エントリにするかもしれません。醤油の話を振られると止まらなくなってしまうのです)

 

●ラベル問題進捗

最初の追記で記載したラベル問題ですが、とりあえず現時点での調査報告です。
まず、共有しておきたい前提条件がこちらです

  • ラベルに「本醸造」と記載できるのは条件を満たした醤油のみ(JAS法)
  • 基本的には品質が良いよという証でもあるのでメーカー側は記載したい
  • 裏の成分表示にはJASを取得した醤油については記載が義務

luxon0314さんの推測では、前面に大きく出すようになったのが2000年頃ではないか、というものでした。

JAS法の醤油についてが制定されたのが昭和38年(1963年)、改訂されて今のとほぼ同じになったのが昭和48年(1973年)のことです。つまり、これ以降のJAS取得醤油に関しては、少なくとも裏面の成分表示のところには記載されてはいました。

では表側にはといいますと、昭和50年頃の大手メーカーの醤油で表側にも「本醸造」と記載されていることは確認できました。

もちろん一社のみだとこれをもって普及とは言えませんが、大手が表示していたら他の会社も左へ習えと追従していくことが多いため、昭和50年頃からメーカー側は表示していく方向性にあったのではと推測できます。

まだ追加調査が必要ではあると思いますが、現状では「20年前から本醸造と書くようになった」わけではなさそうです。

●生産量について

uunfoさんご指摘の生産量ですが、JASの資料を探しているときにある程度の答えが載っているものを見つけました。JAS認可をとったものに限りますが、昭和50年(1975年)のデータがPDF2枚目にあります。

(しょうゆのJAS、この10年)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/81/7/81_7_454/_pdf

抜粋しますと

生産量全体の60%以上が本醸造醤油です。過半数を超えていれば、本醸造醤油が普及していると言って差し支えないのではないかと思います。45年前のデータではありますが、この時点で新式醸造アミノ酸液混合が減少傾向にあったことを考えても、50年前には本醸造醤油が大半になっていたと言えるのではないかと思います。


●改ざん問題

単なる誤解や間違いを改竄と表現するのは良心的ではない (id:mlr

いや、これ、ごもっともでして。
元の記事は「みんな日本食すごいっていっているけどそうではないよ」という説がベースにあり、それを補強するために醤油を利用しているように見えて頭に血が上ってしまい、強い表現を使ってしまったのでした。
また、最近はさまざまなジャンル(ゲームだとかオフィス環境だとかいろいろ)で誤った思い込みによる歴史観を語る人がたびたび話題になり、歴史改ざんと揶揄されていたので今回も改ざんという表現を使った次第です。こんなに読まれるエントリになるとは思わなかったので反省しています。

●ここ20年で合っているだろう問題

いやいやいや、ここ20年であってるだろ。少なくとも俺の地元でキッコーマン売り出したのははここ20年だ。 (id:hanajibuu

これは非常に難しい問題です。醤油は極めて地域性の高い調味料でもあるからです。いわゆる「なんだかんだ言って地元の(生まれ育ったところの)味が一番」なのです。

醤油業界は2020年現在は1200社ほど会社があるものの、そのうちの大手6社で日本全体の生産量の50%以上を占めるという、大手と小規模な会社の二極化が進んだ業界でもあります。そしてそれは20年前も、会社の総数は多けれど変わりはありません。

したがって、大半の地域では地元の醤油よりも大手の醤油の方が並んでいるということにもなるのです。なので全体の普及を語る上では大手メーカーの醤油をベースに語る方が正しいのですね。

それでも、大手メーカーの醤油ではなく地元の醤油が愛されているため、なかなか大手メーカーの醤油が売れないという県内生産優位性を持った地域があります。有名なところでは、秋田県でしょうか。東北醤油さんが造る『味どうらくの里』(昭和54年販売開始)は、あまりのおいしさに秋田のソウル調味料とも言えるものになり、他の追随を許さない圧倒的な人気を誇ります。そのため、秋田県では普通の醤油よりもだし醤油の方が一般的、という地域なのですね。

www.touhoku-syouyu.co.jp

ちなみに2002年時点ですが、そういった県内生産優位性をもった県について調べた資料があります。12県あるようです。

(生産と流通からみた日本の醤油醸造業と醤油嗜好の地域性)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/tga1992/57/3/57_3_121/_pdf

というわけで、hanajibuuさんは県内の醤油が圧倒的な地域のご出身なのではないでしょうか。だとすると、キッコーマンが入ってきたのがここ20年というのも納得いただけるのではないかと思います。

 

●空気に触れない容器


少し話がずれるが、醤油の味が変わったように消費者が感じ始めたのは、製法の違いというよりも消費者側での酸化防止技術(容器の進化)ができたからだと思う。 (id: toomuchpopcorn)
面白く読んだ。個人的に醤油の進化を感じたのは酸化防止パッケージが食卓に並ぶようになったこの10年かなぁ。昔はビン一択で真っ黒醤油がデフォだったし。鮮度の高い赤い醤油は美味しいよね (id:chrysler_300S
醤油は酸化防止容器が出てきてからが美味しい時代になった。主に香りだけど、製造法より遥かにイノベーションだった (id:kowa

これは本当に最高ですし、2000年以降最大の発明と思っていますし、すべての醤油がこの容器でもいいんじゃないかと思っています。あまりにこの容器が好きすぎて140Pほどの同人誌を作成してしまったほどです。電子化はしていないのですが、ご興味がおありでしたらぜひ。

shouyutechou.hatenablog.com

通販はこちらからできます

shop.comiczin.jp


●はま寿司の醤油

はま寿司にある5種類の醤油はみな製法が違うのだろうか? (id:mochitabesugi

はま寿司、すばらしいですよね。さまざまな醤油をネタに応じて切り替えられる、最高の回転寿司だと思います。もうちょっと近所にできて欲しい。

それはさておきラインナップはこちらですね。

www.hamazushi.com

  • だし醤油:丸大豆醤油を造り、そこにダシを加えている
  • 濃口醤油:これがいわゆる普通の醤油です。東日本限定にせずどこでも置いて欲しい
  • 甘口醤油:濃口醤油にたまり醤油を加えています。さらにアミノ酸液や甘味料を加えて味わいを調整していた記憶があります
  • 日高昆布醤油:だし醤油のダシを、日高昆布からとったダシにしているものですね
  • 甘口さしみ醤油:これはおそらく甘口醤油と同様に、アミノ酸液や甘味料を加えて味をさらに甘めに調整しています

おそらく、と入っているのは最近行っていないため、記憶に頼っている部分があるからです。基本的にはベースになる濃口醤油本醸造醤油)があり、それにダシを加えている感じでしょうか。加えている中の「たまり醤油」は濃口とは少し異なる製法の醤油です。甘口さしみ醤油はもしかしたら混合醸造醤油かもしれません。書いていたら食べたくなってきたので今月中には行けたら……いいな……

行ってきました(10/8追記)

shouyutechou.hatenablog.com

 


安住紳一郎の日曜天国

今日の日曜天国のフリートークが醤油の話だった。安住紳一郎は醤油親善大使というムダ知識も手に入れた。 (id:yokosuque
TBSラジオは一刻も早くこの方へ「日曜天国」出演依頼をしてほしいんだ。安住紳一郎しょうゆ大使との会話を是非聞いてみたいんだ。 (id:amino_acid9

安住さんの番組、最高ですよね。
昔、勢い余って醤油の同人誌を番組宛てに送ったことがあります。丁寧にはがきの返信をいただきました。

 

●忘れていた醤油の本の宣伝

そういえば醤油の本の宣伝を忘れていました。醤油についてあれこれの基礎知識をまとめた同人誌を電子化したものが気軽に読めると思います。

醤油手帖 基礎知識編

醤油手帖 基礎知識編

 

商業版の個々の醤油紹介している本はこちらです!

 

醤油手帖

醤油手帖

  • 作者:杉村 啓
  • 発売日: 2014/03/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

ページトップへ